新見正則・白杉望による下肢静脈瘤のはなしと血管疾患のはなし このサイトについてサイトマップ
       
 

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対談「名医に聞く」

『壮快』9月号連載「名医に聞く」

足の静脈があちこちでコブ状に膨らみ、うねっている。見苦しいばかりか、寒いときは痛みを感じることもある。女性に多くみられるが、男性にも少なくない。下肢静脈瘤という病気である。軽症のうちは素人でも目で見ればわかる。ところが、重症になると、医師でもわからなくなる。皮膚が黒ずみ、ただれ、崩れるので、別の皮膚病と間違えられるのだ。二年も三年も通院して治らない(治せない)例はザラだという。自費の手術を勧めて法外なカネをふんだくる病院もある。しかし、専門医ならすぐわかり、完全に治すことができる。診療はすべて保険適用だ。4000人の下肢静脈瘤を治した名医の、歯に衣着せない直言をお届けする。

(2006年10月現在、レーザー治療は自費請求となりますが、愛誠病院では負担額は根治手術とほぼ同じです。)

 

「おもい、だるい、つる」の三症状が現れたら要注意

先生のホームページで知ったのですが、お年寄りは下肢静脈瘤のことを「すばこ」というそうですね。

ええ。特に東北の人が多いです。昔からの俗称らしいですね。

『広辞苑』を見ると、「すばこ」は「すばく(寸白)」が訛ったもので、「サナダムシなどの寄生虫。婦人病の総称」とあります。

それですかね。確かに形状はサナダムシに似ています。

昔からあった病気なんですか。

人間が二本足で立ち上がったことでできた病気です。もちろん寿命が長くなれば長くなるほど罹患率は高くなるわけで、人生五十年の時代に比べると、平均寿命八十歳の現代はどんどんふえています。

下肢静脈瘤の要因の一つは加齢。

それと立ち仕事と出産と遺伝です。立ち仕事のためこの病気になる頻度は、男女とも昔よりも今のほうがずっと高い。女性の場合、社会進出の影響も大きいでしょうね。

患者の数はどれくらい?

静脈瘤の定義にもよりますが、ミミズが這ったような軽症のものまで入れれば中高年者の三分の一から四分の一。入院手術が必要な静脈瘤に限れば一〇人ないし二〇人に一人といったところでしょう。

ずいぶん多いですね。

でも、手術が嫌な人は「弾性ストッキング」を履けば進行は防止できます。

最初はどんな症状が?

重い、だるい、つる(こむら返り)で、それプラス美容上の問題です。

重い、だるい、つる。私なんかもしょっちゅうです。

それが静脈瘤なのかどうかをみるには、弾性ストッキングを履いてみればいいわけです。弾性ストッキングを履いて楽になるようなら静脈瘤の可能性が高い。

弾性ストッキングというのは?

早くいえば、立っているときに寝ている足の状態をつくるものです。下肢静脈瘤の症状は、静脈の血液が足にうっ滞することで起こります。心臓は上にあって足は下にあるので、足に血液がたまる。それを防ぐには心臓と足を同じ高さにすればいい。寝てればいいわけです。その寝ている状態を立ったままでつくり、血液がたまるのを少なくするのが弾性ストッキングです。これを朝起きてから寝るまで履いて足を圧迫すると、血液のうっ滞を防ぐことができます。

高いものですか?

値段をつけるのはメーカーの自由なので、一万円だの一万五〇〇〇円だのといってるところもありますが、うちで紹介する製品は約三〇〇〇円です。

下肢静脈瘤は、足の静脈の血液がうまく上へ戻らなくなるために起こる。どうしてそんなことが起こるのでしょうか。

心臓を出て動脈を通って足まで流れてきた血液は、今度は静脈を通って心臓へ戻っていきます。一メートル近い落差を重力に逆らって上っていくわけです。

川の水が河口から水源まで逆流するようなものですね。

どうしてそんなことができるのか。静脈の血液が心臓に戻るしくみを簡単に説明しますと、
1 動脈から絶え間なく送られてくる血液によってトコロテン式に押し上げられる。
2 心臓が吸引ポンプの役割をしている。
3 足(ふくらはぎ)の筋肉のポンプ作用。
この三つの働きによって血液は心臓へ戻っていくのですが、戻っていく血液が逆戻りしないように静脈内にはところどころに弁があって、上がってきた血液が逆流しないしくみになっています。ところが、この弁が故障すると、血液の逆流が起こり、うっ血が生じ、血管が広がり、くねり、コブができる。それが下肢静脈瘤です。ですから下肢静脈瘤の原因を一言でいうと、血液の逆流を防止するための静脈弁の障害ということになります。

静脈弁というのはいくつもあるんですか?

いくつもあります。太ももの辺りだと三センチに一個ぐらい、ひざから下のほうは二センチに一個ぐらい弁がついています。むろん、足だけではなく手や腕の静脈にもありますが、手や腕の静脈弁は足のように壊れることはない。ときどき、腕の静脈がひどく浮いていて気になるという人がいますが、それは全く関係ありません。

症状の程度に応じてさまざまな治療法がある

下肢静脈瘤ができても無症状のことは?

あります。下肢静脈瘤の進行が比較的遅いため、重い・だるい・つるなどの症状がハッキリと自覚されないのです。そんな人でも弾性ストッキングを履くと、足が軽くなったとおっしゃいます。

ストッキングは男女共用ですか。

そうです。僕もいつも履いてます。我々外科医も手術のときは、何時間も立ちっぱなしですからね。実際、下肢静脈瘤にかかっている同僚もいますので、予防のために履いてるんです。夕方になれば足がむくんで靴が入りにくくなるでしょう。ああいうこともなくなります。

下肢静脈瘤は立ち仕事をする人の職業病みたいなものですね。

ふくらはぎの筋肉が使われませんからね。歩いたりしてふくらはぎの筋肉をこまめに動かしていれば、筋肉が収縮するポンプ作用で、静脈の血液が押し上げられるのですが、ふくらはぎを使わない棒立ちの姿勢だと重力による圧力がもろに弁にかかる。そういう状態を何年も続けていると静脈弁が壊れやすくなるのです。

何歳くらいから起こってきますか?

頻度が高いのは四十歳以上ですが、二十代でも激しいスポーツ、バレーとかバスケットの選手は、ジャンプする利き足に静脈瘤ができやすいし、壮年ではマラソンやジョギングをしている人に結構多いです。

職業的には?

女性はレジ係、スチュワーデス。男性は寿司職人、理容師、美容師、菓子職人、ソバ屋さん、パン屋さん。そのほか狭い場所で立ち仕事をする人たちです。

妊娠が下肢静脈瘤の誘因になるのはどうしてでしょう?

おなかに胎児がいて腹部の静脈が圧迫されると、下肢の静脈弁が障害されやすいのです。しかし、出産後には静脈の圧迫は解消されるので、静脈弁の障害も可逆的(元に戻る)なものであれば治ります。ところが、出産をくり返すうちに弁の障害が不可逆的なものになってしまう。

遺伝的な関係も?

ええ。下肢静脈瘤で来院された患者さんに、ご両親姉妹などについて尋ねたところ、約三分の一の人が血縁者にも下肢静脈瘤があると答えています。

下肢静脈瘤ができるのは、足のどの静脈なんですか。

静脈には、筋肉の中を走る深部静脈と、皮膚と筋肉の間を走る表在静脈があります。下肢静脈瘤ができるのは表在静脈のほうで、細かい血管が集まった二本の本管――大伏在静脈と小伏在静脈――です。大伏在静脈はくるぶしの内側を走り、ひざの内側を通り、もものつけ根(そけい部)で大腿静脈と呼ばれる深部静脈に合流します。小伏在静脈は、くるぶしの外側を上昇し、ふくらはぎの後ろを走り、ひざの後ろで深部静脈と合流します。七割以上の人の下肢静脈瘤は大伏在静脈に、三割ぐらいが小伏在静脈にできます。両方がダブってる場合もあります。

診断はどんなふうに?

基本的には視診だけ。足を見ればわかります。血管の蛇行があれば静脈瘤です。ただ、太っている人は脂肪の中に血管が埋もれて見えないことがあるので、その場合は超音波検査をします。

そして、下肢静脈瘤とわかったら?

治療法は三つあって、一つは硬化療法で、静脈内に血液を固まらせる薬剤を注入して静脈瘤をつぶす方法です。もう一つは悪い静脈の根元を縛る局所手術で、それプラス硬化療法を行うこともあります。この二つは日帰り手術でできます。三つめは、悪い静脈を全部抜き取るストリッピング手術で、三泊四日の入院になります。しかし、まず試してみたいのは弾性ストッキングですね。これがいちばん簡便な方法です。

大伏在静脈を全部抜き取ると血行はどうなりますか?

下肢の表在静脈は深部静脈に合流するルート(交通枝)がたくさんあるので、深部静脈さえちゃんとしてたら血液は心臓に戻っていきます。大・小伏在静脈はなくても体に支障は生じません。

だったらあれこれ迷わず全部取ってしまえば一件落着ですね。

ただ、大伏在静脈のすぐそばを伏在神経という知覚神経が走っているので、血管を引き抜くとき神経が障害される危険があります。万一障害されても、その症状はときどきピリピリするとか、正座のあとピリピリ感が残るといった程度ですが。現在では重症例を除いて、表在静脈の全長にわたる抜去手術はしていません。しかし、重症例は、くるぶしから太腿までの大伏在静脈を全長抜去します。それをやらないと下肢静脈瘤は治りません。

重症まではいかない中等症の場合は?

ひざから上の大伏在静脈を抜去し、ひざから下は静脈瘤だけを摘出します。ひざから下の大伏在静脈は残っているわけです。

で、軽症は硬化療法と日帰り手術。

硬化療法は、小さい静脈瘤には結構よく効くのですが、体には固まった血液を溶かす作用がありますからね。全然効かないこともあるし、いったんは固まってもまた溶けちゃう(静脈瘤が再発する)例が多い。そこで考えられたのが、悪い静脈(大・小伏在静脈)の根元を縛って血液の逆流を止める小手術(高位結さつ術)と硬化療法の併用です。これも割合よく効くのですが、根元を縛っても別のところでつながって血流が始まってしまう。だからやはり再発は避けられない。

どれくらいで再発しますか?

硬化療法単独だと大体半年で再発します。日帰り手術を併用すれば三年ぐらいはもちます。

三年間は楽に過ごせるわけですね。

そういうことです。ですから、再発しますよと説明しても、患者さんがこれがいいといわれれば、それに応じます。命にかかわる病気ではありませんからね。再発したらそのときまた考えればいいわけで、治療法は患者さんの希望が優先します。この一〇年、いろいろな治療法が開発されて、患者さんの選択肢はふえています。

治療法はすべて保険適用で自費診療の必要はない

(2006年10月現在、レーザー治療は自費請求となりますが、愛誠病院では負担額は根治手術とほぼ同じです。)

ある時期、硬化療法の効果が喧伝されたことがありましたね。

一〇年前は日帰り手術でみんな治るんじゃないかというので、非常にはやったんです。ところが、今はこれが再発することは専門家ならだれでも知っている。でも、世の中にはあこぎな病院があって、今でも「日帰り手術で治ります」といって自費診療でけっこう高い料金を取っているんです。今、下肢静脈瘤はすべて保険適用になっていますから、保険が利かない治療法なんてありません。

「自費」だといわれたらマユにツバをつけたほうがいいですね。

日本の医療制度では、自費診療をしたければしてもいいわけですから「保険が利きます。でも、うちは自費です」というのだったら、まぁそれでもいいでしょう。しかし、「保険は利きません」といって自費診療を勧めているとしたら問題です。非常に怪しい。それからもう一つ、治療技術の格差という問題もありますね。

動脈を静脈と間違えて片足切断になったとか、ずいぶんひどい病院もあるようですね。

大伏在静脈を摘出するつもりだったが、動脈に血栓があったので見分けがつかなかったといってるようですが、血管の専門家なら考えられないミスです。

エコノミークラス症候群(長時間の着席などで足の静脈にできた血栓が、血流に乗って肺動脈に詰まる病気。正しい病名は肺塞栓症)を起こしやすいと、おどかす病院もあると聞きましたが。

ええ。静脈瘤があると、早く手術をしないと、いま話題のエコノミー症候群になって死んじゃうよ――と自費の手術を強要する。美容外科などでそういう病院があります。たしかに下肢静脈瘤がある人は、ない人よりも肺塞栓症の頻度がちょっと高い。しかし、弾性ストッキングを履けば同じ頻度に戻るんです。ですから、まず弾性ストッキングを履いたほうがいいですよ、というコメントをすべきなんです。そのうえで、いろいろな治療法の説明をして、よく考えて決めてくださいと話をするのがいい医者で、死んじゃうよ、早く手術を――というのは悪い医者です。今、それが自費診療を強要する病院の殺し文句になっている。なぜそれがわかるかというと、そういわれたので逃げてきました――と、ここへくる患者さんが少なくないからです。

下肢静脈瘤とまぎらわしい病気はありませんか。

深部静脈血栓症という病気があります。深部静脈に血栓が詰まる病気ですが、行き場がなくなった血液が表在静脈に回って下肢静脈瘤と同じ状態になります。

見かけは下肢静脈瘤だが、本物じゃない。

そう。ニセの下肢静脈瘤です。今までお話ししたのは、表在静脈に原因がある一次性下肢静脈瘤ですが、これは深部静脈血栓症のためにできた二次性下肢静脈瘤です。これを誤診して大伏在静脈を抜き取ると、静脈血は完全に行き場を失い、とんでもない状態になります。悪い血液がたまって足がパンパンにはれて黒ずみ、潰瘍になる。静脈瘤よりひどいことになります。我々は手術の前には必ず、静脈造影という方法で深部静脈の状態を確認しています。

下肢静脈瘤の症状は、重い、だるい、つるということでしたが、それを放っておくとどうなりますか。

皮膚が黒ずみ、厚く、硬くなってきます。そしてどこかにぶつけると潰瘍が生じる。それで、一つお話ししておきたいのは、中等症までの静脈瘤は診断は簡単なんです。だれが診てもわかります。が、重症になると、厚い皮膚の下に静脈瘤が隠れてしまう。見た目には静脈瘤はなくなる。皮膚に色がついた重症の段階になると、専門家でないと診断がつかい。

そのための誤診も起こるでしょうね。

ひざの裏にあったミミズが這ったような血管が消えて、皮膚が黒く、厚くなってきたので、患者さんは静脈瘤は治って、別の病気が出たと思う。そこで病院に行って、いきなりそれだけ見せられると、専門外の医者は静脈瘤とはわからない。

先生のホームページに記載されている、あちこちの大学病院で診断がつかなかったケースというのも、それですか。

ええ。大学病院の皮膚科に二年も三年も通ったけど治らなかったという例はいっぱいあります。で、そんな患者さんたちはインターネットで情報を必死に探す。「この写真、お母さんの足と同じよ!」ということで僕のところへ来る。

素人がインターネットで探し当てて来るぐらいなのに、仮にも医師と呼ばれる人が、それも大学病院のドクターがわからない。どういうことなんでしょう。

ひとつだけ弁護をすると、そういう症状には下腿潰瘍という病名がついているんです。

それ、別の病気なんですか。

いや、下腿潰瘍というのは症状名で、その原因の八割は下肢静脈瘤です。皮膚科というのは症状の科なので、下腿潰瘍という診断がついたらその先に行かないわけです。もちろん、ちゃんとした皮膚科医だったらすぐわかります。これは下肢静脈瘤による下腿潰瘍だから、血管の医者に行きなさいと指導するんだけど、残念ながら三分の二ぐらいの皮膚科医はわかってない。だから患者さんは自分でインターネットで探すんです。

なんかずいぶんお粗末な話ですね。

なんで診断がつかないかというと、下腿潰瘍の段階で皮膚科に行く。患者さんは痛いから入院したい。皮膚科の医者もわからないから入院させます。入院したら皆さんどうしますか。べッドで横になる。ということは、心臓と足が同じ高さになるから、静脈への負担がへる。四週間もベッドで横になっていると、どんな治療をしようが関係なし、潰瘍は治るんですよ。

症状が消えるんですか。

消える。患者さんは喜んで帰る。帰って立ち仕事をするとまた起こる。また入院する。それを二回もくり返すと、ヤブだってわかるんです。ホームページに書いたように有名大学病院の皮膚科でも誤診が多い。ハッキリとした誤診です。

ほうっておくと、足だけではなく、全身的にもなにか出てくることがありますか。

手のひらや足の裏に膿疱(ウミのかたまり)ができる掌蹠膿疱症とか、自家感作性皮膚炎といって全身がダニに食われたようになるやっかいな皮膚病の何%かは、下肢静脈瘤の潰瘍が原因といわれています。

有益なお話をありがとうございました。

 
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