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質問の目次

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1. はじめに

 

2. 下肢静脈瘤・入門編

 
2.1 下肢静脈瘤てなーに?
2.2 最初はどうなるの?
2.3 静脈瘤を放っておくとどうなるの?
2.4 静脈瘤の症状はどんなもの?
2.5 静脈瘤の予防法を教えて?
2.6 静脈瘤の治療法を教えて?
2.6.1 弾性ストッキング
2.6.2 硬化療法
2.6.3 局所麻酔による手術
2.6.4 大伏在静脈抜去術(ストリッピング手術)
2.6.5 不全穿通枝の処理
2.7 静脈瘤はくすりでは治らないの?
2.8 下肢静脈瘤の治療費用はいくら?

 

3. 下肢静脈瘤・詳細編

 
3.1 静脈瘤を理解するためにはなにを知っていればいいの?
3.1.1 静脈瘤は昔からあるの?
3.1.2 下肢静脈瘤と痔は関係あるの?
3.1.3 静脈ってなーに?
3.1.4 少し詳しい解剖を教えて?
3.1.5 足の血液は、重力に逆らって何故心臓にもどれるの?
3.1.6 静脈の弁はなにしてるの?
3.1.7 なんで静脈瘤になるの?
3.1.8 静脈瘤になりやすい人は?
3.1.9 静脈血は悪い血液?
3.2 症状はどんなもの?
3.2.1 あしがおもいけれど静脈瘤?
3.2.2 あしがだるいけれど静脈瘤?
3.2.3 あしがむくむけれど静脈瘤?
3.2.4 あしが痛いけれど静脈瘤?
3.2.5 あしがつるけれど静脈瘤?
3.2.6 皮膚に色が付いたけれど静脈瘤?
3.2.7 皮膚が硬くなったけれど静脈瘤?
3.2.8 皮膚に潰瘍があるけれど静脈瘤?
3.2.9 皮膚から出血したけれど静脈瘤?
3.2.10 全身の皮膚病も静脈瘤からくるの?
3.2.11 静脈瘤があるとエコノミー症候群になる?
3.3 静脈瘤にはどんな検査があるの?
3.3.1 問診でなにがわかるの?
3.3.2 視診でなにがわかるの?
3.3.3 触診でなにがわかるの?
3.3.4 トレンデレンブルクテストってなーに
3.3.5 ミルキングテストってなーに?
3.3.6 ストレインゲージプレチスモグラフィーってなーに?
3.3.7 超音波検査でなにがわかるの?
3.3.8 ドップラー聴診器の検査でなにがわかるの?
3.3.9 ドップラー超音波検査でなにがわかるの?
3.3.10 静脈撮影でなにがわかるの?
3.3.11 MRアンギオってなーに?
3.3.12 静脈瘤があると、動脈瘤の検査もしたほうがいいのですか?
3.4 静脈瘤にはどんな治療があるの?
3.4.1 治療の原則を教えて?
3.4.2 圧迫療法
  3.4.2.1 弾性ストッキングはどれを選べばいいの?
  3.4.2.2 弾性包帯の巻き方は?
  3.4.2.3 静脈瘤による皮膚潰瘍がある場合はどうするの?
3.4.3 大伏在静脈抜去術とは?
  3.4.3.1 静脈を引き抜いて問題ないの?
  3.4.3.2 ストリッピング手術後は静脈はどこを流れて心臓に帰るの?
  3.4.3.3 大伏在静脈を取ってしまって何か将来困ることはありませんか?
  3.4.3.4 深部静脈の開存はどのようにして確かめるのですか?
  3.4.3.5 静脈撮影は必ず手術前にしなければなりませんか?
  3.4.3.6 静脈弁を修復する治療ではいけないの?
  3.4.3.7 静脈瘤摘出手術とは?
  3.4.3.8 静脈瘤摘出手術を小さな創から行うことはできませんか?
  3.4.3.9 静脈瘤抜去術の経過を教えて?
   3.4.3.9.1 手術のあとは痛みますか?
   3.4.3.9.2 手術後どのくらいで歩けますか?
   3.4.3.9.3 入浴はいつから可能ですか?
   3.4.3.9.4 手術後はどのくらいで働けますか?
   3.4.3.9.5 スポーツはいつから可能ですか?
   3.4.3.9.6 術後の通院はどの程度必要ですか?
   3.4.3.9.7 術後のストッキングはいつまで履くのでしょうか?
  3.4.3.10 何歳まで手術をしてもらえますか?
  3.4.3.11 入院手術の際に、差額ベット代はどうなるの?
  3.4.3.12 手術の合併症はないの?
   3.4.3.12.1 腰椎麻酔による頭痛はどれぐらい続くの?
   3.4.3.12.2 術後の皮下出血班とはどんなもの?
   3.4.3.12.3 手術創に起因する皮膚のピリピリ感とはなんですか?
   3.4.3.12.4 色素沈着はありますか?
   3.4.3.12.5 むくむ
   3.4.3.12.6 創が開く
3.4.4 静脈瘤は手術後再発しますか。
3.4.5 手術をしなければいけませんか?
3.5 硬化療法を詳しく教えて?
3.5.1 静脈瘤に対する硬化療法の合併症は
  3.5.1.1 硬化療法で静脈瘤内の血栓ができるの?
  3.5.1.2 硬化療法で色素沈着は起こるの?
  3.5.1.3 硬化療法で皮膚の壊死は起こりますか?
  3.5.1.4 硬化療法で皮膚のかぶれはおこりますか?
  3.5.1.5 硬化療法で深部静脈血栓症・肺梗塞はおこりますか?
3.5.2 硬化療法後に静脈瘤の再発はありますか?
3.5.3 硬化療法の一番の適応はなーに?
3.6 局所手術(高位結紮術)をする意味はなーに?
3.7 内視鏡的不全穿通枝結紮術とは?
3.8 植皮術ってなーに?
3.9 小伏在静脈の逆流による静脈瘤の手術も入院が必要ですか?
3.10 静脈瘤の麻酔について教えて
3.10.1 全身麻酔はどうするの?
3.10.2 腰椎麻酔はどうするの?
3.10.3 硬膜外麻酔はどうするの?
3.10.4 局所麻酔はどうするの?
3.11 セカンドオピニョンってなーに?
3.12 医療はサービス業ですか?
3.13 良くない病院・クリニックの見分け方を教えて

 
4.1 先天性静脈瘤ってなーに?
4.2 深部静脈血栓症とは何ですか?
4.3 肺梗塞症とは?
4.4 エコノミークラス症候群とは何ですか?
4.5 下大静脈フィルターってなーに?
4.6 深部静脈弁不全とは何ですか?
4.7 リンパ浮腫ってなーに?

 

5. おわりに

 

 

1. はじめに

私が血管外科を志してから15年近くが経ちます。血管外科はアメリカでは独立したひとつの診療分野ですが、日本では心臓外科に属している場合と、また一般外科に属している場合などあり、各大学・病院でまちまちです。われわれ血管外科医が扱う病気で最も頻度が高いもののひとつが下肢静脈瘤です。この15年間に下肢静脈瘤の治療方法も多様になり、また一般の方々の下肢静脈瘤に対する認知度も上がりました。しかし、今だに開業医の方や一般医家には下肢静脈瘤を十分に理解していない方々も多く、患者さんが相談しても、適切なアドバイスや治療がなされていない状態は続いています。そこで、3年前より一般患者さんと血管外科を専門としていない医療従事者を対象として下肢静脈瘤の公開講座を毎月始めました。その一方で下肢静脈瘤のホームページを立ち上げ、数多くの方がホームページを見てくれています。その啓蒙活動と実際の手術や治療を含めて、患者さんから数多くの疑問や詳しい説明を求められました。患者さんから尋ねられた疑問とその答えを集めたものがこの本です。また、血管外科医が扱うその他の病気も質問形式で説明してあります。質問形式ですのでときどきくどい箇所もありますが、我慢して読み進んでください。
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2. 下肢静脈瘤・入門編

2.1 下肢静脈瘤てなーに
答え:あしの皮下の静脈が拡張・蛇行したものです。
下肢静脈瘤はお年寄りの方々には”すばこ”と言う俗称で呼ばれています。下肢の表在静脈が拡張・蛇行するもので、重症例では皮膚に潰瘍を生じるまで悪化します。しかし、通常は進行も遅く、命にかかわる病気でもないために、医療従事者を含めて関心が薄く、正確な知識も少なく、多くの患者さんが無処置のまま放置されているのが現状です。
この本では、静脈瘤を3つのグレードに分類しています。軽症例、中等症例、そして重症例です。
l 軽症例とは、美容的な問題が主な静脈瘤で、医学的には処置を要さないものです。
l 中等症例は、表在静脈の拡張はあるが、皮膚に、色素沈着や、皮膚硬化、皮膚潰瘍などを生じていない状態です。つまり手術をすれば、綺麗に治る静脈瘤と言うことです。
l 重症例とは、皮膚に、色素沈着や、皮膚硬化、皮膚潰瘍などを既に生じている状態です。この場合、手術で静脈瘤は治りますが、皮膚の変化が治るには、長い年月を要します。
では、軽症例、中等症例、重症例の実際の写真を見てください。
軽症例や中等症例の診断は、簡単なことがおわかりでしょう。しかし、重症例になると、拡張した静脈瘤が硬化した皮膚の下に隠れて時として静脈瘤と診断することが困難になります。
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2.2 最初はどうなるの?
答え:表在静脈の本管(大・小伏在静脈)が拡張します。

動脈血は心臓のポンプ作用で押し出されていますので、重力に逆らっても血流は維持できますが、下肢の静脈血は筋肉の収縮に伴うポンプ作用と静脈内の弁によって、心臓に戻っていきます。このふくらはぎの筋肉によるポンプ作用がない状態では、動脈血が組織に至り、それが静脈に押し出されて、ところてんのように無理矢理心臓に戻る方法しかないのです。その結果、静脈弁に常時圧力が加わり、静脈弁が機能不全を起こした結果として、静脈に逆流が生じ、静脈が拡張・蛇行するのです。この弁の障害は長年の立ち仕事・出産・遺伝的要因などでおこります。静脈血のうっ滞は、足のだるさの原因となり、その後、皮膚の色素沈着や潰瘍を生じます。下肢には筋肉内を走る深部静脈と筋膜と皮膚の間を走る表在静脈があります。下肢静脈瘤の原因となるのは表在静脈で、通常は下肢の内側を上昇しそけい部にて深部静脈と合流する大伏在静脈、また下肢の外側から膝の裏で深部静脈に合流する小伏在静脈です。

ですから、最初は、多くの場合、大伏在静脈や小伏在静脈が中枢側から順次拡張していきます。そして、拡張した大伏在静脈の枝が膝の下で拡張蛇行し始めます。このころにはみなさまは静脈瘤に気が付くようになりますが、静脈瘤のなり始め、つまり伏在静脈が拡張し、逆流が起こったのは、はるか昔からということになります。

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2.3 静脈瘤を放っておくとどうなるの?
答え:静脈瘤が順次大きくなり、その後皮膚に色素沈着、皮膚硬化、皮膚潰瘍を生じます。

大伏在静脈や小伏在静脈の拡張に引き続き、それらの枝が拡張蛇行し、典型的な中等症の静脈瘤になります。この状態になるまで何年もかかり、またこのように皮膚にほとんど変化のない状態は何年も続きます。その間に、静脈瘤の範囲は広がり、静脈瘤も大きくなります。静脈瘤内には静脈血がうっ滞しています。それも弁が壊れた状態でうっ滞していますので、相当の圧力が静脈瘤にかかっているのです。次第に、静脈瘤壁から血液内の色素がしみ出したり、また、永年にわたる静脈圧の上昇は正常な皮膚を維持できなくなります。その結果、重症例に典型的な皮膚病変、(色素沈着、皮膚硬化、皮膚潰瘍)を生じます。

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2.4 静脈瘤の症状はどんなもの?
答え:美容的なもの、おもい、だるい、つる、むくむ、痛い、皮膚の変化、全身の皮膚病、出血などです。
静脈瘤の自覚的な訴えで最も多いものは、美容的なものです。あしの血管の拡張蛇行は、ご本人には相当精神的に気になるもののようです。ですから、患者さんは、ズボンや長いスカートをはき、水泳やテニスなどをせず、隠しているのです。次に多い症状は、あしがおもい・だるいです。おもい・だるいは自覚的症状のため、その評価は困難です。また、下肢静脈瘤は徐々に進行するために、ご自身のあしが、おもい・だるいと感じても、加齢によるものとあきらめている方も大勢いらっしゃいます。あしに静脈血がうっ滞してそれらの症状を起こしますので、あしをイスや机の上に挙げて症状が楽になれば、静脈瘤による可能性が高いと言えます。また、足がつる(こむらがえりのことです)と訴える方もいます。何故か明け方につる方が多いように思えます。下肢がむくむことは静脈瘤がなくてもある程度は夕方に生じますが、静脈瘤があると、よりあしがむくみやすくなります。片側だけの場合には、健側に較べて明らかにむくみますので、簡単にわかります。静脈瘤で痛みが生じることは、通常希です。若い女性の場合、生理の前後で大伏在静脈に沿って軽い痛みがあると訴える方もいます。この場合、重症例よりは軽症例で訴える方が多いようです。激しい痛みは、静脈瘤内に血の固まり(血栓)が生じた場合で、血栓性静脈炎という病態を呈します。大きな血の固まりができ、静脈を強く圧迫すると、激烈な痛みを生じますので、注射器で血栓を吸引したり、小さな創から血栓を掻き出します。重症例になると、静脈うっ滞の結果、皮膚病変が生じます。むしろこの本では、皮膚病変を生じた段階を重症例と定義しています。色素沈着、皮膚硬化、皮膚潰瘍などです。皮膚潰瘍を無処置のまま放置すると、全身の皮膚病(掌蹠膿胞症や自家感作性皮膚炎)を生じます。また、静脈瘤から出血することもありますが、あしを挙上し軽く圧迫すれば自然に止まります。まれに、不適切な処置にて、出血で命の危険が生じることがあるようですが、その他の原因で下肢静脈瘤が命取りになることはありません。
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2.5 静脈瘤の予防法を教えて?
答え:一生臥床していてください。
下肢静脈瘤は人間は二足歩行をして、直立歩行に至り、心臓があしよりも遙かに高いところにあることが原因です。ですから、常時寝ている場合には下肢静脈瘤は生じません。獣医さんにも伺いましたが、動物に下肢静脈瘤はないそうです。(でもキリンは背が高く、四つ足の動物でも心臓は結構高い位置にありますので、下肢静脈瘤ができそうですが。)また、先天的に、または幼少時の事故、病気で車椅子の生活を余儀なくされている方に、下肢静脈瘤が現れた経験はありません。ですから、確実な予防法は、立位の姿勢をとらないこと。つまり、一生臥床していることなのです。でも、これはナンセンスですよね。臥床している状態とは、あしの静脈に負担がかからない状態を意味します。ですから、医療用弾性ストッキングなどで、あしを機械的に圧迫し、静脈のうっ滞を取り除くことが、もっとも適切な予防方法です。朝起きてから、寝るまで弾性ストッキングを着用してください。つぎに、立位の中でも、棒立ちがあしにかかる負担が激しいために、棒立ちをできる限り避けてください。理容師さん、美容師さん、調理師さん、お寿司やさん、狭い場所での店員さん、学校の先生、外科医なども棒立ちの時間が長く、下肢静脈瘤になりやすい職業と言えます。ですから、弾性ストッキングの着用と、狭い場所でも棒立ちを避け、歩くなり、つま先立ちをするなりして、ふくらはぎの筋肉を使い、静脈弁の負担を軽減することを勧めています。
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2.6 静脈瘤の治療法を教えて?
答え:いろいろな治療法があります。血管外科医の意見とご本人の希望で決めて下さい。
患者さんに負担がかからない順序で述べましょう。詳しくは詳細編をご覧ください。
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2.6.1 弾性ストッキング
進行防止には治療用のストッキングを就寝時を除いて着用することが有効ですが、ストッキングが高価で、また夏場などは履きにくいためにあまり普及しません。しかし最近になり、約4000円から3000円ぐらいの廉価のものも発売されています。弾性ストキングは、正確に言えば治療方法ではありません。ですから、弾性ストッキング着用中は、静脈血のうっ滞もなく快適ですが、はずせば、直ぐに静脈瘤は出現します。ですから、弾性ストッキングは下肢静脈瘤から派生した諸症状の改善と進行防止には効果がありますが、何年にわたって弾性ストッキングを着用していても、静脈瘤は決して治らないのですよ。でも、静脈瘤は命にかかわる病気ではないので、弾性ストッキングを着用することが苦にならない方は、一生弾性ストッキングを就寝時以外に着用して、下肢静脈瘤とともに生きていく方法も良策です。また、ある程度お年を召してほとんど座っている時間が長い方は、弾性ストキングの着用もそれほど必要ではないでしょう。
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2.6.2 硬化療法
欧米では100年以上の歴史がある方法です。本邦では10数年前から普及しました。血管や血管周囲に硬化剤を注入し、静脈瘤を固めてしまう治療法です。静脈瘤に注射をして、そのクスリが薄まらないように圧迫をするだけですので、もちろん外来で治療可能です。入院や手術をしなくて済むという利点があります。しかし、欠点としては、大きな静脈瘤を固めるには、多量の硬化剤を必要とし、その後の血栓による痛みや、硬化剤による色素沈着が生じることでしょう。最も大切な点は、人間の体には、固まった血液を溶かす働きが備わっていますので、高率に再発することです。ですから、小さな静脈瘤や、大伏在静脈の逆流がない静脈瘤では良く効きます。静脈の逆流が著明で再発率が高いような静脈瘤に対しても、まず硬化療法を試して、再発時には、再度硬化療法を繰り返すか、また、以下の述べる治療を選ぶかなど、いろいろな治療の選択が可能です。血管外科の専門医と相談の上、ご自身の希望を伝えて、適切な治療を選択してください。
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2.6.3 局所麻酔による手術
局所麻酔とは、前歯の治療や抜歯の時に、歯医者さんで行われている麻酔です。麻酔薬は使用できる量に上限があるために、手術が出来る範囲が限られます。静脈瘤そのものを局所麻酔で摘出することもできます。硬化療法に較べて創を必要とする欠点がありますが、硬化療法にて生じる血栓や色素沈着がないので、大きな静脈瘤は手術的に摘出した方が美容的にも綺麗ですし、かつ一回の治療で治ります。静脈瘤の原因は大伏在静脈や小伏在静脈の逆流ですので、大・小伏在静脈の本管を摘出することが理論的には最も理にかなっています。小伏在静脈の逆流だけであれば、局所麻酔にて小伏在静脈の逆流を認める本管を全長にわたって確実に摘出できます。しかし、大伏在静脈の本管を局所麻酔だけで取り除くことは困難です。ですから、大伏在静脈の本管の局所麻酔による治療では、逆流を認める部分の始めと、末梢の拡張した本管を縛っています。始まりはほとんどの例であしの付け根(そけい部)です。もう一カ所は膝の内側の大伏在静脈を縛っています。この治療では逆流はなくなりますが、大伏在静脈の本管は残存していますので、静脈血のうっ滞を完全に除去することは困難で、症状を軽くするという意味では、次に述べるストリッピング手術にはかないません。また、大伏在静脈の合流部であるあしの付け根の部分でのみ大伏在静脈を切り離し、かつ枝もすべて縛って切断する処置を、高位結紮術と呼んでいます。中等症の中でも早期の軽い静脈瘤などでは、高位結紮術と硬化療法で綺麗に治ります。
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2.6.4 大伏在静脈抜去術(ストリッピング手術)
これは、全身麻酔または腰椎麻酔をもちいて十分に無痛状態とし、確実に静脈瘤と逆流を認める大伏在静脈を摘出する方法です。以前はどのような場合でも、大伏在静脈を足首の内側からそけい部まで全長にわたって摘出していましたが、最近は、逆流を認める部位だけを摘出する方法がトレンディーです。数日から1週間の入院を要しますが、再発のない確実な治療が可能です。私の経験では、重症例の患者さんや、重症の手前の中等症例の患者さんでは、この大伏在静脈の抜去術と静脈瘤の摘出を行うことが、治療期間も短く、また術後の満足度も極めて高いと考えます。
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2.6.5 不全穿通枝の処理
静脈瘤は、大小伏在静脈の逆流のほか、穿通枝(表在と深部を結んでいる静脈)の弁不全でも生じます。この穿通枝が極めて大きな場合には適切な処理が必要です。重症例では大小伏在静脈の逆流と大きな不全穿通枝が存在することが多く、また皮膚病変のため不全穿通枝の直上での切開が不可能なことがあります。その場合、最近では健常な皮膚から、内視鏡を挿入し、遠隔操作で不全穿通枝を筋膜の下で処理することが可能となりました。極めて有効で、術後の障害もない手術です
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2.7 静脈瘤はくすりでは治らないの?
答え:絶対に治りません。
残念ながら、下肢静脈瘤は大・小伏在静脈または穿通枝が拡張し、それらの弁が壊れた結果生じる病気です。ですから、解剖学的に損傷があるので、クスリでその解剖学的な損傷を治療することは現時点では全く不可能です。くすりは、下肢静脈瘤から派生する血栓の痛みや炎症・蜂窩織炎などには有効ですが、根本治療ではありません。また、私の外来を受診されるかたで、どこかの医者から、静脈瘤は血液の流れが悪くなるとの理由で、血管の拡張剤を処方されている方がたくさんいます。静脈瘤は静脈血がうっ滞することが症状を引き起こすのであって、決して血液の流れが悪いのではありません。ですから、血管拡張剤は全く無効です。
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2.8 下肢静脈瘤の治療費用はいくら?
答え:一番高額なストリッピング手術を両足に行い4日入院すると、10数万円です。

1990年以前は本邦に硬化療法が導入されておらず、治療は弾性ストッキングの着用による保存療法か、ストリッピング手術でした。ストリッピング手術は以前より健康保険で認められていますので、混乱はありませんでした。ところが、1990年代から、硬化療法が徐々に普及してきました。それに伴い局所麻酔による高位結紮術も行われ始めました。しかし、硬化療法も、高位結紮術もその時点では健康保険には認められていませんでしたから、混乱が生じたわけです。日本の保険制度では、ひとつ疾患に対する治療を健康保険と自費診療で分割することは禁止されています。ですから、病院が硬化療法や高位結紮の請求を控えるか、すべての治療を自費で行うしか合法的な方法がなくなってしまいました。幸いなことに、下肢静脈瘤に対する硬化療法が、1998年に保険適応に認められ、また、高位結紮も2000年に保険適応に認められましたので、この本で説明されているすべての治療は現時点では健康保険にてカバーされています。

 

健康保険診療では、行政が決めた保険点数に基づいて、診療報酬がきまりますので、検査の違い、麻酔の違い、入院日数の違いなどで小さな増減が生じますが日本全国どの病院でも、また誰が治療を行おうとほぼ同じ金額です。ひとつの目安として、静脈瘤の治療のなかで一番高額なストリッピング手術を両足に行い4日入院すると、病院が請求できる金額は約50万円です。欧米では軽く100万円を超える施設もあります。日本の健康保険は7割を負担してくれますので、みなさまへの請求額は50万円の3割、約10数万円となります。

 

高位結紮術は一カ所、約3万円です。薬代などを加えて、みなさまへの請求額は1万円強でしょうか。
硬化療法は、片足1万数千円です。みなさまへの請求額は数千円となります。

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3. 下肢静脈瘤・詳細編

3.1 静脈瘤を理解するためにはなにを知っていればいいの?
3.1.1 静脈瘤は昔からあるの?
答え:大昔からあります。たぶん、人間が直立歩行をしてから。
下肢静脈瘤は人間が、四つ足から直立歩行になったために、生じたと考えられています。ですから、太古の昔から存在する病気なのです。大昔の人間の寿命を正確には知りませんが、現在より相当に若い年齢で死亡していたでしょうから、静脈瘤の罹患率は今日よりは相当に低かったのでは、と著者は考えています。古代エジプトのパピルスには、静脈瘤に関すると思われる象形文字での記載があるのです。これは紀元前1550年に書かれたとされるエベルスのパピルスで、その中に静脈瘤と思われる疾患に関するアドバイスが記載されています。しかしながら、絵や彫刻で示されていないので、はたしてどこまでその記載が下肢静脈瘤に即したものであるかはいまだに不明です。
中国では、紀元前5世紀の医学書に、下腿潰瘍は圧迫治療でよくなるとの記載があります。下腿潰瘍の多くは下肢静脈瘤を放置した結果生じますが、記載されている下腿潰瘍が静脈瘤に起因するものであるか否かは不明です。紀元前3世紀のインドでは、スシュルタ・サミーナという医学書にも潰瘍の治療に、薬草の葉によるドレッシングと中国綿による圧迫を勧めています。
実際に、彫刻や絵で下肢静脈瘤が示されている最古のものは、現時点では、アテネのアクロポリスの麓で発見された奉納銘板です。紀元前4世紀のものとされ、アミノス医師に捧げられたもののようです。奉納銘板では下肢の内側に蛇行した静脈が確かに認められます。ですから、紀元前の段階で、すでに人類は下腿潰瘍と言う病気に悩まされ、そして経験的に圧迫治療が有用であることを、文明世界のあちらこちらでは認識していたものと思われます。
ヒポクラテスという名前をご存じのかたも多いともいます。通説では紀元前400年前後にに生きた古代ギリシャの人で、医学の父と言われている人です。ヒポクラテスのたくさんの医学的業績のなかにも、下肢静脈瘤や下腿潰瘍に関するものがあります。文章で紹介しますと、“下腿潰瘍が存在する場合は立っていることは適切ではない。下腿潰瘍の治療には圧迫治療が適当であり、ワイン以外では濡らしてはならない。静脈瘤に切開を加えることは時に適切な治療であるが、、ときにその創が大きな潰瘍となることがある。”などです。これらのいくつかは現在でもそのまま通用することです。
また、ローマ時代のティベリウス帝の時に活躍したセルサスや、ローマ帝国支配下のペルガモン(現トルコ)で活躍したガレンなどはすでに、静脈瘤に対する治療としてすでに切開とフックによる盲目的な摘出を勧めています。その後の医学は中世の暗黒時代の影響で、1000年以上にわたり、殆ど進歩を遂げていませんでした。 静脈瘤には悪の体液が貯まっているとの理論や、また、妊娠すると、生理がとまり、そのために悪い血液が外にでることがなくなるために、血液のたまり、その結果として静脈瘤が生じるとする論調も当然のものとして受け入れられていました。やっと、15世紀のルネッサンスにさしかかり、医学の進歩は再開しました。みなさまご存じのレオナルド・ダ・ビンチは静脈の解剖図を正確に描いています。
現在われわれが行っている下肢静脈瘤に対する治療とほとんど同じことは、すでに19世紀後半から20世紀初頭にかけて行われています。最初の記載がある下肢静脈瘤に対する硬化療法は、19世紀後半にフランス人のプラバが行ったとされています。今日われわれが行っていると同じ大伏在静脈全長抜去術、いわゆるストリッピング術は19世紀初頭に、ケラーとメイヨーによりそれぞれ報告されています。不全穿通枝の結紮術はリントンにより1938年3∽に報告されました。今日では、麻酔技術や、全身管理、抗生物質の進歩などで、下肢静脈瘤の治療は、特別の例外を除いて、100%安全に施行されています。
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3.1.2 下肢静脈瘤と痔は関係あるの?
答え:無関係ですが、疾患の性質は似ています。
下肢静脈瘤も痔も、静脈が拡張する病気です。また、人間が立ち上がったことによって生じた病気と考えられています。下肢静脈瘤は立ち仕事などが誘因ですが、痔は排便時間が長くお尻に長い時間圧をかける人に多く見られます。ともに静脈の拡張が生じます。すると、ときどき血液が静脈内で固まり非常に痛い状態となります。静脈瘤では血栓性表在静脈炎と呼ばれ、痔の場合は血栓性痔核とよばれます。ともにあまりに痛い場合は、局所麻酔をして、血栓を掻き出す必要がありますが、その処置で簡単に痛みはとれます。治療も、ともに良性疾患ですから、上手につき合っていければ手術は必要ありませんが、重症となれば、手術が必要です。下肢静脈瘤の患者さんに痔が多い、または痔の患者さんに下肢静脈瘤が多いとも感じられませんが、疾患の性質は似ている病気です。
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3.1.3 静脈ってなーに?
答え:血液を入れている血管の名称で、心臓に血液を返す血管が静脈、心臓から血液を送り出す血管が動脈です。
人間の体は、血液で栄養されています。また、血液内のヘモグロビンと呼ばれる物質が酸素を組織に運んでいます。一方、老廃物も血液で回収され、腎臓や肝臓で処理されています。二酸化炭素は血液で肺に運ばれ、呼吸することにより外界に放出され、代わりに酸素を取り込みます。簡単に言えば、動脈は上水道、静脈は下水道と言ったイメージが当てはまると思います。動脈は心臓のポンプ作用で高圧の血液が送り出されます。ですから、動脈自体の壁も厚いのです。静脈では血液の圧力は、動脈の約1/10ですので静脈の壁は動脈に較べて非常に薄くできています。
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3.1.4 少し詳しい解剖を教えて?
答え:表在静脈(大伏在静脈、小伏在静脈)、深部静脈、穿通3∽枝を理解してください。
ここで、下肢の静脈の解剖を勉強しましょう。静脈には筋肉の中を走る深部静脈と皮膚と筋肉の間を走る表在静脈の二つが存在します。また、表在静脈と深部静脈を結んでいるものが交通枝、別名穿通枝です。皮膚と筋肉の間を走る静脈が表在静脈で、筋肉内を走る静脈が深部静脈であることを覚えてください。手の甲は比較的皮下脂肪が少ないために、表在静脈がわかりやすいですが、下肢では、特に大腿では、皮下脂肪は1cm前後あるために、表在静脈の多くは皮下脂肪に隠れて、通常はあまり目立ちません。お太りの方ではますます表在静脈は皮下脂肪に隠れてわかりずらくなります。下肢の表在静脈は細かいものが集まり、2本の太い表在静脈の本管となります。その名前は日本語では大伏在静脈と小伏在静脈と呼ばれています。大伏在静脈はくるぶしの内側を走り、膝の内側を通り、そしてあしのつけね(そけい部)で大腿静脈と呼ばれる深部静脈に合流します。一方、小伏在静脈は、くるぶしの外側を上昇し、その後すぐにふくらはぎの真後ろを走り、膝の後ろで深部静脈に合流します。下肢の表在静脈はあるものは直接に深部静脈に合流し、あるものは大・小伏在静脈に合流します。深部静脈に直接合流するルートもあるため、深部静脈が存在していれば、大・小伏在静脈はなくても全く体に害はありません。
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3.1.5 足の血液は、重力に逆らって何故心臓にもどれるの?
答え:動脈から組織に供給された血液が、次々に静脈に流れ込み、ところてんのように押されて心臓に血液が戻るのです。また、ふくらはぎの筋肉によるポンプ作用と静脈弁の存在が静脈血の心臓への還流を助けています。
重力に逆らって血液が心臓に戻るには、それだけの圧力が必要です。動脈から供給された血液は下肢の筋肉を栄養し、そして静脈に流れ込みます。ここで静脈血は静脈内に溜まるわけですが、つぎからつぎに動脈血が筋肉に補給されますので、静脈内にも次から次に血液が流れ込みます。その結果、ところてんが押されて動くように、静脈血は心臓にもどります。この場合静脈には常に拡張する圧力がかかっているわけです。ですから、長時間の棒立ちでは、あしがむくみます。また、心臓が吸引ポンプの役割を少しはしているために、静脈血の心臓への還流が吸引ポンプにより助けられているという機能もあります。しかし、静脈血を心臓に返すために最も大切な働きは、ふくらはぎの筋肉が担っています。心臓と同じように、ふくらはぎの筋肉は静脈を心臓にかえすポンプの役割を担っています。逆流防止機能は心臓では心臓内に弁がありますが、ふくらはぎの筋肉では静脈内にいくつもの弁があります。また、心臓は生きている限り、いつも拍動してポンプとして働いていますが、ふくらはぎの筋肉は、歩行時やつま先立ちなどの筋肉を使用するときにのみポンプとして働いています。
仰臥位になり、下肢を少し挙上すれば、静脈血はポンプ作用を必要とせず、勝手にそして自由に心臓に戻ります。ですから、足を投げ出す姿勢や、下肢を挙上して休むと、あしの疲れが楽になった感じがします。実際に、長時間棒立ちのあとに、あしを挙上すると、すーと血液が流れる様子を感じたことはありませんか。
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3.1.6 静脈の弁はなにしてるの?
答え:血液が足先に逆戻りしないようにしているのです。
弁によって、一方向だけに血液を流し、逆流しないようになっているのです。心臓にも弁があることはご存じの方が多いと思いますが、静脈にも弁があります。心臓では合計4つの弁が心臓内にあり、心臓がポンプとして押し出した血液が心臓内に戻らないようにしています。心臓を出た血液は動脈内を進み、組織や臓器にいたります。この動脈には弁はひとつもありません。静脈では、弁は腕とあしの付け根から末梢に存在します。また、首の静脈にも弁があります。この弁によって血液が逆戻りしないようになっているのです。弁は二つの羽からなり、一方向にのみ開き、逆方向には開かない用になっています。ですから、静脈自体が拡張すれば、弁の羽に隙間が生じ、その間を血液が逆流します。また、弁自体が壊れても当然逆流がおきます。
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3.1.7 なんで静脈瘤になるの?
答え:静脈の弁が障害されると血液が心臓に戻らなくなり静脈瘤を生じます。
下肢静脈瘤の原因は、下肢の静脈の弁が、壊れることによります。静脈は心臓に血液を返す血管ですから、表面の血液は深部に、足先の血液は、体の中心に向かって流れるように静脈弁が作られています。弁の傷害がなぜ表在静脈に生じ易く、深部静脈に生じ難いかは正確な原因は不明です。深部静脈は筋肉に囲まれているため弁の傷害はおきにくく、表在静脈は筋肉による圧迫作用がなく、むしろ、深部静脈の血液がポンプ作用で中枢に送られ、その結果生じる相対的な陰圧で表在静脈の血液は深部に、そして中枢に流れると思われています。ですから、筋肉に囲まれていない表在静脈にまず弁不全が生じるのです。重症の静脈瘤では弁障害は深部静脈にも及んでいます。その場合には、ストリッピング手術で表在静脈を取り去っても、深部静脈の弁不全は治療不可能のため、医療用弾性ストッキングの着用を手術後にも必ず勧めています。
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3.1.8 静脈瘤になりやすい人は?
答え:棒立ちの仕事の人、数回の妊娠経験者、ご両親に静脈瘤のある方。
静脈瘤の原因は、静脈の弁の障害です。この障害がどのようなメカニズムで生じるのかは、医学が進歩した現代でもY。いまだに不明です。ただ、静脈瘤になりやすい方は、わかっています。静脈瘤になる誘因は、棒立ちのしごと・妊娠・遺伝です。
棒立ちの仕事では、ふくらはぎの筋肉を使用する頻度が少ないために、静脈弁が常時静脈圧を直接に受けているのです。ふくらはぎを使用すると、ふくらはぎの筋肉の力がポンプ作用をはたし、静脈血は能動的に心臓に向かって流れます。このときには静脈弁の働きが必要ないのです。ところが、棒立ちの状態では、静脈弁に常時圧がかかっているために、弁の傷害が生じやすいと考えられます。
出産は、おなじく静脈に相当のダメージを与えます。約3キログラムの赤ちゃんがお腹にいるという状態は、お腹の静脈を相当圧迫しているのです。この状態は静脈圧の上昇を招き、下肢の静脈は拡張し、そして弁障害に通じます。妊娠による静脈瘤は、出産後に結構もとに戻ることがあります。しかし、妊娠を繰り返すと、出産後にも静脈瘤は消失せず、典型的な静脈瘤となります。
遺伝は、やはり下肢静脈瘤と関係が深いと思います。その理由は、下肢静脈瘤の患者さんに、ご両親、ご兄姉に同じような病気があるかを伺うと、約1/3の方が血縁にもに同じような病気のものがいるとお答えになります。
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3.1.9 静脈血は悪い血液?
答え:動脈血は上水道、静脈血は下水道にたとえられますので、悪い血液と言えます。
組織は栄養と酸素を必要としています。一方で、代謝された老廃物と二酸化炭素は組織から運びだされなければなりません。栄養と酸素を供給する血管が動脈で、老廃物と二酸化炭素を運び出す血管が静脈です。静脈血のうっ滞は、あしのだるさや重い感じを導き、またこむらがえりを引き起こします。皮膚病変は、静脈血が溜まっても直ぐには生じませんが、長期間にわたり静脈血がうっ滞すると、皮膚が弱くなったり、静脈血内の物質がしみ出して皮膚に色素沈着を生じたりします。ですから、静脈血は悪い血液と思って頂ければ、下肢静脈瘤の病態の理解が簡単になると思います。
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3.2 症状はどんなもの?
3.2.1 あしがおもいけれど静脈瘤?
答え:必ずしもそうとは言えません。一度専門家を受診してください。
下肢静脈瘤で明らかにある方で、足がおもいと訴える患者さんは半数でしょうか。おもいと言う訴えは、自覚的なものであるために、その症状が静脈瘤によるものかは、実際は診察時には不明です。手術をして、治れば静脈瘤によるもので、治らなければ他の病気が原因と考えられます。しかし、明らかな病気がなくても、あしがおもいと感じるときは、どなたもあるともいます。手術をする前に、手術後の状態を推測するには、弾性ストッキングを着用してください。適切な弾性ストッキングを履けば、静脈血の溜まりは消失しますので、その状態が手術後に現れるものです。では、弾性ストッキングにて、あしのおもたい感じた取れた場合にはどの治療法を選べばいいのでしょうか。静脈のうっ滞を取る必要があるので、硬化療法単独や、局所手術と硬化療法の併用はあまり効果がありません。逆流のある大伏在静脈を取り除き、手術的に大きな静脈瘤を摘出したほうが、自覚的な症状は消失すると思います。
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3.2.2 あしがだるいけれど静脈瘤?
答え:必ずしもそうとは言えません。一度専門家を受診してください。
下肢静脈瘤で明らかにある方で、足がだるいと訴える患者さんも半数でしょうか。あしがだるいという訴えも、自覚的なもののため、その評価は困難です。また、下肢静脈瘤は徐々に進行しますので、やく半数の方は、ご自身のあしがだるいとも感じていないようです。手術後に伺うと、術前は分からなかったけれども、手術後にあしが軽くなったと教えてくれます。片側にのみ静脈瘤があり、そちらのあしにのみだるさを自覚する場合は静脈瘤によるあしのだるさの可能性が極めて高いと思われます。
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3.2.3 あしがむくむけれど静脈瘤?
答え:必ずしもそうとは言えません。一度専門家を受診してください。
下肢に静脈血が貯まりますので、あしがむくむことを症状として訴える方もいます。両あしに下肢静脈瘤がある場合には、両あしとも夕方2?にむくみます。また片あしだけに下肢静脈瘤がある場合は、左右のあしを比べると、明らかに太さに差があることがわかる場合があります。このむくみは一晩横になれば治りますが、重症な方などは週末に数日横にならないともとの太さに戻りません。このむくみが静脈瘤によるものかを確実に診断することは困難です。
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3.2.4 あしが痛いけれど静脈瘤?
答え:必ずしもそうとは言えません。一度専門家を受診してください。
下肢静脈瘤で激しい痛みをともなうことは希です。激しい痛みの場合は通常は、静脈瘤内に血栓(血の固まり)が生じて、その炎症性の反応で激しい痛みを伴います。痛い部分は、血栓を生じているために、硬くしこりのように触れ、炎症のために火照って、かつ皮膚に赤みがでます。軽い場合は痛み止めと抗炎症剤の投与で数日以内に軽快しますが、激しい痛みの場合は、太い注射針をさして、血の固まりを吸い取るか、または局所麻酔(歯医者さんの麻酔です)を施行し、小さな切開創を設け、そこから血栓を掻き出すことを行います。
痛みで受診されるもうひとつのパターンは、初期の大伏在系の静脈瘤をもった女性です。この場合、生理の前後などに、大伏在静脈に沿った太ももに軽い(不愉快な)痛みを訴えます。静脈瘤としては軽いために通常は、超音波検査や静脈撮影でなければ異常が確認できないことが多いです。このような場合は、生理の前後に軽い消炎鎮痛剤(バッファリンなど)を処方すると痛みは軽快します。手術をしてすっきるするのもひとつの方法でしょうが、大伏在静脈の逆流が著明ではなく、消炎鎮痛剤で楽になるのであれば、しばらく様子を見た方が賢明と思います。ある程度の時間が経過すると痛みは軽快したり、かつ痛みが気にならなくなったりしますので。
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3.2.5 あしがつるけれど静脈瘤?
答え:必ずしもそうとは言えません。一度専門家を受診してください。
下肢静脈瘤をお持ちの患者さんの多くが、あしがつるとおっしゃいます。あしがつるとはこむらがえりのことです。なぜか明け方に起こると訴える方が多いようです。なぜ、静脈血のうっ滞がこむらがえりを生じるかは不明ですが、静脈瘤の根治術を行うと、こむらがえりが全くなくなったと感謝してくれる患者さんがたくさんいますので、こむらがえりは静脈瘤によるものと考えています。しかし、すべてのこむらがえりが静脈瘤手術にて軽快するとは思えませんし、静脈瘤が全く存在しない方にもこむらがえりがおこりますので、あしがつるかたのすべてが静脈瘤とは言えません。専門家の診断を受けて下さい。明らかな静脈瘤がある患者さんで、こむらがえりを訴える方の場合には、約90%の確率で手術後にこむらがえりは消失します。本当に消失するか手術前に確認したい方は、医療用弾性ストッキングを着用してください。その日からこむらがえりが消失すれば、手術で99%以上同じ状2?態に、弾性ストッキングを履かずになります。
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3.2.6 皮膚に色が付いたけれど静脈瘤?
答え:必ずしもそうとは言えません。一度専門家を受診してください。
皮膚に激しい変化がきたしていない状態までを、この本では中等症と呼んでいます。皮膚に変化がこない状態が何年かすぎると、次第に静脈血のうっ滞により皮膚に色が付いてきます。茶色からどす黒い色まで様々ですが、手の色や太ももの色と較べると簡単に比較できると思います。最初は蛇行した静脈に沿って色素が沈着し、その後、あしがむくむようになります。そして、皮下の組織は厚くなり、皮膚がもろくなります。その後には些細な怪我で皮膚が壊れて、なかなか治らずに皮膚が欠損した状態(皮膚潰瘍)を生じるようになります。潰瘍は緩解増悪を繰り返し、下肢静脈瘤は厚い皮膚の下に隠れ、このころにはむしろ下肢静脈瘤は目だたなくなります。しかし、皮膚に色素沈着を生じる病気はその他にもたくさんあります。ですから、専門家を診察を受けて下さい。
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3.2.7 皮膚が硬くなったけれど静脈瘤?
答え:必ずしもそうとは言えません。一度専門家を受診してください。
皮膚の硬化はいろいろな原因でおこります。しかし、ふくらはぎの内側が広範に硬くなった場合などは、強く静脈瘤によるものを疑ってください。特別に太っていなければ、必ず、静脈瘤がその周囲にあるはずです。みなさまでも簡単にわかると思います。あしが太くなったりかつ硬くなる病気のひとつにリンパ浮腫があります。硬くなった皮膚の下や周囲に静脈瘤がある場合には、静脈瘤による皮膚硬化の可能性が高いですが、静脈瘤が明らかでない場合は、超音波検査などで静脈瘤の存在を調べる必要があります。一度、血管外科を受診してください。
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3.2.8 皮膚に潰瘍があるけれど静脈瘤?
答え:必ずしもそうとは言えません。一度専門家を受診してください。
足首から膝までがふくらはぎの範囲ですが、その下側1/3に生じる皮膚潰瘍は下肢静脈瘤によるものを強く疑ってください。静脈のうっ滞によって皮膚潰瘍も生じますので、必ず潰瘍の周囲には色素沈着を伴った、そして硬化した皮膚があります。つまり、皮膚潰瘍の周囲が健常の皮膚の場合は、下肢静脈瘤による可能性は低いと言うことで>?す。重症の静脈瘤では、足首周囲や足部にも潰瘍を生じますが、ふくらはぎの下1/3に何の病変もなく、足部だけに静脈うっ滞性の潰瘍が生じることは極めて希です。潰瘍は、皮膚の色素沈着、著明な皮膚硬化に引き続いてしょうじますから、皮膚潰瘍だけが先行することは考えにくいとおわかりでしょう。足の指だけに潰瘍が生じた場合などは、静脈うっ滞性の潰瘍ではなく、糖尿病による潰瘍や、動脈硬化症を含む血管閉塞性病変による潰瘍の可能性が極めて強いです。足に潰瘍がある方は、皮膚科よりまず血管外科の診察を受けて下さい。
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3.2.9 皮膚から出血したけれど静脈瘤?
答え:必ずしもそうとは言えません。一度専門家を受診してください。
希に、下肢静脈瘤の患者さんが救急車で担ぎこまれる方がいます。あしから大出血したとのことで担送されてきます。下肢静脈瘤により皮膚がもろくなり、たまたまどこかにぶつけるか、または自然と静脈瘤から出血するのです。静脈の出血ですから、横になり下肢を挙上して、出血部を圧迫すると簡単に止血できます。しかしながら、あしから出血すると、気が動転し、歩き回ったり、イスに座っておろおろすることが多いようで、そのような行為はますます出血を助長します。下肢静脈瘤による出血の患者さんの場合は、止血の方法を教えて、そして、手術まで弾性包帯か弾性ストッキングの着用を励行してもらっています。しかし、静脈瘤がないのにあしから出血した場合は、他の原因が考えられますので、専門家を受診してください。
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3.2.10 全身の皮膚病も静脈瘤からくるの?
答え:重症の静脈瘤を放置すると、全身の皮膚病を生じます。
下肢静脈瘤はあしだけに生じる病気ですが、不養生をすると次には、掌蹠膿胞症(しょうせきのうほうしょう)という皮膚病を引き起こします。これは、治療が不完全な皮膚潰瘍がある場合に、手首や足首から先に慢性の発疹と色素沈着を生じるものです。かゆみも伴います。皮膚科の先生をまず受診した場合には掌蹠膿胞症という病名が先に付き、その後の検査などで下肢静脈瘤と判明することも多いです。しかし、経験豊富な皮膚科の先生では掌蹠膿胞症と診断を下せば、あしの診察もおこないかならず下肢静脈瘤によるものか、そうでないかの鑑別をしてくれますので安心してください。
この掌蹠膿胞症という状態を放置すると、今度は自家感作性皮膚炎という全身の皮膚病を引き起こします。これは体の胴体の部分を中心にダニやノミに咬まれた時のような、激しいかゆみをともなう発疹が生じるものです。下肢静脈瘤に起因する掌蹠膿胞症や自家感作性皮膚炎は、下肢静脈瘤を治療すれば軽快しますし、下肢静脈瘤を治療しなければ、増悪する一方で、絶対に軽快しません。
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3.2.11 静脈瘤があるとエコノミー症候群になる?
答え:静脈瘤があること自体で、エコノミークラス症候群の頻度が上昇するとは思えません。
エコノミークラス症候群とは、あとで詳しくのべますが、飛行機の搭乗中に深部静脈血栓症が生じ、それが飛行機からおりて歩き出すときに、肺梗塞を引き起こす一連の病態を、マスメディアなどがわかりやすく説明するために銘々した病名です。たしかに下肢静脈瘤のある患者さんに、深部静脈血栓症や肺梗塞の頻度が多いとの欧米の報告があります。しかし、本邦で多くの患者さんを拝見していて、他の方に較べて、ことさら下肢静脈瘤の患者さんが深部静脈血栓症や肺梗塞の頻度が高いとは思えません。また、未治療の下肢静脈瘤をお持ちで、飛行機に乗るときにエコノミークラス症候群がご心配であれば、医療用弾性ストッキングを着用して搭乗してください。また、トイレに行きにくいからと水分を控えたりせず、また頻回に飛行機のなかをうろうろするか、搭乗席で下腿を動かす運動を積極的に行ってください。そうすればエコノミークラス症候群は生じませんよ。
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3.3 静脈瘤にはどんな検査があるの?
いろいろな検査がありますが、超音波検査と下肢静脈撮影を施行するとほぼ確実に診断が可能でしょう。しかし、その他の検査も説明しておきます。検査の内容と施行する理由をご理解いただくと、より下肢静脈瘤の病態の理解が優しいと思うからです。
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3.3.1 問診でなにがわかるの?
答え:静脈瘤に関して特別なことはわかりません。お話をして医師・患者関係を円滑にする意味が大です。
問診とは、患者さんに病状などを尋ねて、病気の診断の参考に、または病気の診断を行うことです。下肢静脈瘤を電話での質問だけで診断することは、きわめて難しいため、通常は、診断の参考になる程度です。
問診では次のような項目をお尋ねします。
・いつ頃から静脈瘤があるのか?
20歳以前から静脈瘤がある場合には、先天性の静脈瘤を疑います。そのときは、からだにピンクや茶色のあざがないか、病気のある方のあしがいくぶん長くないか、などを追加で質問します。
・立ち仕事をしているか。または、立ち仕事を過去にしていたか?
棒立ちの仕事は、下肢静脈瘤の強い誘因です。立ち仕事をされている方には、静脈瘤のあるなしにかかわらず、仕事中に弾性包帯か弾性ストッキングを着用し下腿を圧迫することを強く勧めています。
・ご両親・ご兄姉に静脈瘤はあるのか?
静脈瘤にも遺伝的背景が確かに存在します。静脈の弁が壊れやすいという体質を受け継いだものと思われます。遺伝的背景の有無は治療法には全く影響しません。娘さんをおもちのお母様で静脈瘤のある方には、娘さんが静脈瘤になる可能性が高いことを告げておきます。はやく治療すれば、また下肢静脈瘤を理解していれば、怖い病気ではありませんので。
・出産の経験はあるか?
出産の回数が多いほど、下肢静脈瘤の頻度は上昇します。現在、妊娠中であれば、弾性ストッキングで静脈瘤の進行を防ぎ、出産し、授乳が終わった時期に手術を勧めています。妊娠中に治療をすることはひどい表在静脈の血栓性静脈炎を生じた場合以外はまずありません。
・過去に静脈瘤の手術やその他の手術をしたことがあるか?
静脈瘤の手術後の再発例では、なぜ再発したかが大切です。初回手術が完全でなかった場合や、全く新しい静脈瘤が出現した場合などがありますので、精査を要します。 また、他の手術をされていればその麻酔が全身麻酔であったか。腰椎麻酔であったかなどを伺います。そのときに特別な合併症がなければ、同じ麻酔をしても心配ないと推測できるからです。
・クスリや造影剤のアレルギーはあるか?
クスリのアレルギーは軽いものでは、掻痒感と小さな発疹が出現する程度ですが、重篤なものでは、全身の蕁麻疹や、腫れ上がる発疹が生じます。空気が流れている気道が、この腫れで閉塞すると呼吸困難を生じ、重篤な事態となります。しかし、適切な処置を施せば心配無用です。アレルギーを引き起こす可能性があるクスリは避けることが大切でしょうから、いままでに投与されたクスリに対するアレルギーの有無はいつも伺っています。しかし、花粉症があるからといって、クスリに対するアレルギーの頻度が上昇することはありませんから、花粉症のあるかたは心配無用です。
・現在、他の病気を患っているか?なにかクスリを常用しているか?
弾性ストッキングや弾性包帯の治療、また局所麻酔を用いる手術では特別な心配はいりません。腰椎麻酔では、心臓のご病気を持っている患者さんに対しては、心電図や胸部写真を撮影し、麻酔が問題ないかを調べます。
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3.3.2 視診でなにがわかるの?
答え:専門家の視診では、静脈瘤に関する多くのことがわかります。
問診はほとんど下肢静脈瘤の診断には無効と書きましたが、下肢静脈瘤は多くの場合、視診のみで診断可能です。ですから、電話や手紙、インターネットでの問い合わせはほとんど意味をなさず、手紙に同封された写真やインターネットに添付された写真でほぼ診断がつくことが多いです。しかし、お太りで下肢の皮下脂肪が通常よりも厚い方は、その中に下肢静脈瘤が隠れてしまうため、確定診断には超音波検査や下肢静脈撮影が必要です。また、皮下脂肪が多くない方でも、永年にわたり下肢静脈瘤を放置して、皮膚への色素沈着や皮膚の硬化が生じている場合は、硬化した皮膚の下に静脈瘤があり視診のみでは確定診断がつきません。しかし、経験ある血管外科医がみれば皮膚病変が下肢静脈瘤によるものかは通常すぐにわかります。
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3.3.3 触診でなにがわかるの?
答え:視診に加えて少し診断の助けになります。
触診は触って診断することです。下肢静脈瘤の場合、皮膚の下の太い静脈が触知可能ですので、大伏在静脈や小伏在静脈の太さがある程度触診でわかることがあります。また、下肢静脈瘤を引き起こすような不全穿通枝の周囲は筋膜が欠損した状態となり、触診で筋膜の欠損部位があると太い不全穿通枝の存在を疑うことができます。
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3.3.4 トレンデレンブルクテストってなーに?
答え:静脈瘤を理解するには良い検査です。
この検査は、以前は外来で行われていたものですが、現在は後述する超音波検査がすぐに施行可能なため、ほとんど行われません。しかし、病気の原因を理解するには役に立ちますのでここで述べます。まず、患者さんに仰臥位(おへそを天井に向けて寝ることです)になってもらい、患肢を挙上します。すると静脈瘤内の血液は重力に従って心臓に戻るため、静脈瘤内に血液はほとんどなくなります。次に、そけい部(あしの付け根の部分です)のすぐ下に、ゴムバンドを巻きます。このバンドの締め具合は、表在静脈(この部分では大伏在静脈です)を完全に圧迫するが、深部静脈を圧迫しない圧です。このようにゴムバンドであしの付け根を縛ったまま、患者さんに立ち上がってもらいます。すると、大伏在静脈の逆流はゴムバンドの圧迫で消失していますので、大伏在静脈の逆流にのみ起因する静脈瘤では、立ち上がっても下腿に静脈瘤は現れません。次に同じ要領で膝の下にゴムバンドを巻きます。すると、大伏在静脈と、今度は小伏在静脈も圧迫され、大・小伏在静脈の逆流とも消失します。ですから、そけい部のゴムバンドの圧迫では立位になっても静脈瘤は出現し、膝下のゴムバンドの圧迫では立位で静脈瘤が出現しなければ、小伏在静脈の逆流が静脈f、瘤の原因と判明します。また、膝下のゴムバンドの圧迫でも、立位で下肢静脈瘤が生じる場合は、下腿に不全穿通枝が存在していることを示します。
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3.3.5 ミルキングテストってなーに?
答え:不全穿通枝を理解するには良い検査です。
この検査もほとんど行われなくなりました。この検査は不全穿通枝の場所を特定するためのものです。現在では超音波検査で簡単に不全穿通枝が特定できますから。まず、患者さんに立っていただき、静脈瘤を認める下腿のある範囲(10センチメートルぐらい離して)にゴムバンドを上下に二つ巻きます。その間の静脈瘤を手で圧迫し消失させます。消失したあとに再び静脈瘤が現れれば、ゴムバンドで挟まれた範囲に不全穿通枝が存在することを意味します。手の圧迫で静脈瘤を消失させる代わりに、トレンデレンブルグテストで行われているように、仰臥位として、患肢を挙上し、静脈瘤が消失した段階で、2本のゴムバンドを巻く方法でも同じです。
このトレンデレンブルグテストもミルキングテストも、理論的には理にかなっている検査ですが、ゴムバンドの圧迫ぐあいが難しく、なかなか上手に検査を進めることが困難です。最近は超音波検査などで簡単に視覚的に検査を行えるため、これらの検査を私はほとんど行っておりません。
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3.3.6 ストレインゲージプレチスモグラフィーってなーに?
答え:痛くなく(非観血的に)深部静脈の開存が確認できる検査です。
この検査は、静脈瘤の診断よりは、むしろ深部静脈血栓症を除外するために行われます。後ほど述べますが、下肢静脈瘤の手術は深部静脈が健常でなければ行えません。深部静脈に血栓があったり、希に先天的に深部静脈がない方では、大伏在静脈が静脈血を心臓に戻す重要な役割を担っています。深部静脈に較べれば細く、かろうじて心臓に下肢の血液を戻しているという状態なのです。この下肢の静脈血の心臓への帰り具合を非観血的(血を見ないという医学用語です。痛くないとほぼ同じ意味です)に調べる方法です。患者さんに仰臥位になっていただきます。そして、かかとの下に枕を入れます。すると下肢は幾分挙上された状態ですから、重力で静脈血は心臓側に戻ります。この戻り具合を調べる訳です。静脈血が貯まれば、下腿はやや大きくなります。肉眼的にはほとんど解らないのですが、この微妙な変化をストレインゲージという道具で調べるのです。下腿にこのストレインゲージを巻き、そして、大腿に血圧計で用いられているよなマンシェットを巻きます。マンシェットを加圧し、動脈は圧迫しないが、深部静脈まで圧迫するような圧にします。すると、動脈血のみが下腿に流入し、静脈血の流出がない状態が続きますので、下腿は時間とともに太くなります。その後、大腿のマンシェットの圧力を一気に解除し、深部静脈の圧迫を消失させます。このときの下腿の縮まり具合をストレインゲージで測定するのです。急激に細くなれば深部静脈は異常なし、徐々に細くなれば深部静脈の閉塞や欠損などを疑います。私は、手術となる患者さん全員に下肢静脈撮影を受けるように勧めています。下肢静脈撮影では深部静脈の開存は、確実にひとめで診断ができるため、このストレインゲージプレチスモグラフィーの検査は施行しておりません。欧米などの医療費がきわめて高額で、医療費を削減する必要がある場合などは、下肢静脈撮影の代わりに、ストレインゲージプn?レチスモグラフィーと超音波検査などを深部静脈の開存を確認するために施行しています。
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3.3.7 超音波検査でなにがわかるの?
答え:伏在静脈や静脈瘤、穿通枝の大きさを描出できます。患者さんが静脈瘤を理解するためにも最も適切な検査です。
問診、視診、触診は約数分で終了します。その後、超音波検査を診察室で施行しています。最近は超音波検査の器械が手で持ち運べるほどに小さく軽くなりましたので、診察室内においても全く邪魔になりません。また、患者さんと話しながら、その場で患者さんとともに超音波検査の画面を見れるために、極めて簡便で病気の説明にとって説得力のある検査です。
詳しい仕掛けは私にはわかりませんが、私の理解の範囲でお話をします。まず超音波器具は二つの器械から成り立ちます。ひとつはプローベと呼ばれる超音波を出し、そして反射してきた超音波を検出する器械。そしてもうひとつは、超音波の強弱を2次元の画面上に濃淡で現すための本体と映し出すモニターです。超音波を出し、そして反射したものの超音波の強度を調べることによりある特定の位置の反射度がわかります。それを幅と奥行きのある2次元の平面で濃淡にて示したものが出てくる画像です。この超音波の器械は、漁師さんが用いる魚群探知機と同じ原理です。水の中では威力を発揮しますが、空気にはまったく歯がたちません。ですから、人間の体の中では、空気がいっぱいある肺や、おならが含まれる消化管はよく見えないのです。ところが、空気がない肝臓、腎臓、心臓、子宮内の胎児などはきれいに描出可能です。同じように下肢の皮下脂肪、筋肉、筋膜、動脈、血管などはよく見えます。
実際の下肢の超音波の像をお見せしましょう。私は4センチメートルの超音波の端子(プローベ)を使用していますので、幅は4センチメートルということになります。そして、下に行くほど皮膚から深い位置を示しています。筋膜は白い筋に、そして静脈は黒く写ります。この超音波器械を用いて患者さんに説明をしながら、確定診断をしています。まず、太ももの内側に超音波の端子をあてると、直ぐに皮膚の下、筋膜の上に大伏在静脈の輪切りが観察できます。健常な直径は数ミリですので、立位で6ミリメートルを越えていれば異常と考えららます。10ミリメートル前後となると、相当にしっかりした逆流が認められることが普通です。次に大伏在静脈を全長にわたって観察します。合流部がそけい部であることも、超音波の端子を中枢にずらしていくと簡単にわかりますので、患者さんに大伏在静脈の逆流の起始部を説明するにはもってこいです。
つぎに、小伏在静脈を確認します。小伏在静脈は膝の真裏を通常通りますので、膝裏に超音波の端子を当てると簡単に描出かのうです。小伏在静脈も正常の直径は数ミリメートル以内です。6ミリを越えていれば弁障害を疑い、8ミリメートル以上では必ず逆流があります。
最後に下腿をくまなく調べます。この目的は不全穿通枝を見つけるためと大小伏在静脈の逆流の範囲を調べるために行います。正確に言うと、大小伏在静脈と穿通枝の太さを検査しているのです。大小伏在静脈に逆流があるか、または穿通枝が弁異常をともなうかは、この超音波検査ではわかりません。太さを参考に推測しているのです。
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3.3.8 ドップラー聴診器の検査でなにがわかるの?
答え:血液の流れがわかります。静脈瘤では伏在静脈、穿通枝の逆流の有無を確実に簡単に調べられます。
この聴診器は血液の流れが、音として確認できるものです。大伏在静脈にこの聴診器をあて、下腿を手で圧迫すると、血液が心臓側に流れるために血流の移動音が聴取されます。次に、下腿を圧迫している手を離しても、弁の異常がなければ逆流は生じないために、血液の移動音はしません。ところが、大伏在静脈の弁不全による逆流が存在する場合は、手を離せば、血液が下腿に逆流する音が、この聴診器で聞こえるわけです。同様に小伏在静脈の逆流も検査可能です。また、穿通枝に逆流があるかないかもこのドップラー聴診器で簡単にわかります。ポケットにはいる聴診器ですので、簡便で場所をとらずいつでもどこでも出来る検査です。
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3.3.9 ドップラー超音波検査でなにがわかるの?
答え:超音波検査とドップラー聴診器を一緒にしたもので、超音波画像の上に、血液の流れを描出できます。優れものですが、小さくはありません。
これは、上記の二つ(超音波検査とドップラー聴診器)ををあわせたものです。超音波検査にドップラー機能を加えたものです。超音波の像の上に、ドップラー聴診器による音の替わりに、血液の流れがカラーで表示されます。ですから、伏在静脈の逆流や、不全穿通枝の診断などには強力な器械です。超音波の端子に向かってくる血流は赤く、また離れていく血流は青く描出されます。動きがない部分は黒、白、灰色です。カラードップラーなどとも呼ばれています。この器械が導入されてから、ドップラー聴診器の出番は大分減りました。しかし、ドップラー超音波は結構な大きさがあり、患者さんがその器械がおいてある検査室に出向く必要があります。ですから、簡便さはありません。近い将来、小型化され、かつ廉価のドップラー超音波が出回ることを期待しています。
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3.3.10 静脈撮影でなにがわかるの?
答え:注射針を刺す必要がある(観血的な)検査ですが、深部静脈、表在静脈、穿通枝などほとんどすべてが完全にわかる検査です。
超音波検査で病気の診断はほぼ可能です。しかし、筋肉内の静脈の様子などは、その静脈の全長を超音波検査で確実に診断することはなかなか困難です。そこで、より確実な診断のために、静脈撮影を行います。
下肢静脈撮影は上行性静脈撮影と下行性静脈撮影のふたつがあります。私たちは通常上行性静脈撮影を施行しています。下肢のレントゲン写真をただ撮影したのでは、骨の具合がはっきりわかるのみで、残念ながら動脈や静脈に関しては全く情報が得られません。そこでレントゲン写真にはっきり写る液体を撮影したい部位に注入するのです。この液体は造影剤と呼ばれます。これを、われわれは静脈の情報がほしい訳ですから、静脈内に注入します。静脈は末梢から中枢に血液を送る血管ですので、その全長を撮影しようとする場合には、なるべく末梢、つまり足の甲の静脈に針を刺し、造影剤を注入します。患者さんが横になった状態で造影剤を注入し撮影すると、下肢と心臓が同じ高さにあるため、注入された造影剤はすぐさま心臓の方へ流れてしまい良いレントゲン写真が撮れません。そこで患者さんに立っていただくか、撮影台にて頭部が高く、下肢を低い状態で造影剤を注入します。この状態で撮影すると、足の甲の静脈に注入された造影剤は一部はそのまま表在静脈を上行します。大伏在静脈が撮影される訳です。また、造影剤の多くは、足首のあたりで深部静脈に入り、深部静脈が順次撮影されていきます。ですから、深部静脈の状態を観察する目的であれば、この状態(立位で足の甲の静脈から造影剤を注入する)で撮影します。
下肢静脈瘤は表在静脈(大伏在静脈および小伏在静脈)の弁不全または不全穿通枝の存在が原因です。ですから、深部静脈の開存の確認に加えて、静脈撮影にてこの弁不全の状態を確認できればなお良い検査となります。そこで、足首の周囲にゴムバンドをきつく巻き、患者さんに立ってもらって、足の甲から造影剤を注入します。その量はわれわれは片あしあたり50ミリリットルを用いています。この量を約1分間で注入します。すると、造影剤は足首に巻かれたゴムバンドのために、表在静脈を上行することはできず、すべてが深部静脈にはいります。 そして、弁の異常がない健常の静脈ですと、一度深部に入った血液は表在に出てきませんので、深部静脈が撮影されるのみで、まったく表在静脈は撮影されないのです。
膝下の穿通枝に弁の異常があれば、その部位から表在静脈が描出されます。そしてそれが原因の静脈瘤であれば、そのまま静脈瘤が撮影されるはずです。膝下の穿通枝に異常がない場合には、造影剤は次第に上方に上がってきます。膝の高さで後方より小伏在静脈が流入しますから、造影剤がこの部分にかかったときに、側面像で観察していれば、もしも小伏在静脈の逆流がある場合は、小伏在静脈が膝の後方から撮影され、そして、足首の方に造影剤が向かいます。大伏在静脈の逆流は、造影剤があしの付け根より上方に移動したときにわかります。造影剤は一部が骨盤内の静脈に移動しますが、一部は大伏在静脈に流れ込み、あしの付け根から膝に向かって流れるのが観察されます。このように、立位で、足の甲の表在静脈から造影剤を注入し、足首にゴムバンドを強く巻いて検査をすると、穿通枝、小伏在静脈そして大伏在静脈の弁不全の有無が順次確認できるわけです。また、大伏在静脈が太ければ逆流は常時生じていますが、あまり太くない場合は時々生じます。これは日常生活では朝は問題ないが、立ち仕事をして時間が経過した夕方などにおこるということです。常時逆流がない方の場合は、静脈撮影時に造影剤があしの付け根あたりに行った時に、息こらえをしてもらいます。息こらえは胸やお腹の静脈圧が一時的に増加するため、静脈の弁異常を誘導しやすいのです。
この静脈撮影の副作用は造影剤の副作用の一語につきます。軽いものでは、気持ち悪くなる、吐き気がくるなどですが、最近の造影剤は10年前のものに較べると、その頻度は相当少なくなりました。しかし、皆無ではありません。また、造影剤により体にかゆみや発疹が出来ることもあります。造影剤注入後直ぐに生じる発疹もあれば、また一日遅れて発現する発疹もあります。
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3.3.11 MRアンギオってなーに?
答え:磁気を用いて体内の構築がわかる器械で、最近の医療技術の進歩により、血管系も綺麗に描出することが出来るようになりました。
コンピューターの進歩で、医学領域の画像診断は年々進歩しています。30年前は体の輪切りなどは決して見ることは出来ませんでしたが、エックス線画像を多数撮影し、それらをコンピューター解析して、体の輪切りが画像として診れるようになりました。その後、検査に必要な時間がどんどん短縮され、また画像の綺麗さも年々向上しています。10数年前から、今度はエックス線の代わりに磁石の力で(磁場)で体の中を解析出来るようになりました。この情報を瞬時にコンピューターが解析し、輪切りはもとより、人体の横切り、縦切りの図など、思うようなスライスで画像が得られるようになったのです。このMRI検査ではエックス線の被爆は全くありません。また、組織の少しの違いで画像が構築できるために、造影剤を用いなくても血管の走行が観察可能となりました。ますます進歩する医療技術で、患者さんはますます楽に検査が受けれるようになると思います。
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3.3.12 静脈瘤があると、動脈瘤の検査もしたほうがいいのですか?
答え:静脈瘤と動脈瘤は全く別物で、因果関係は全くありません。不要です。
下肢静脈瘤は、下肢の静脈の弁不全により生じる静脈だけに限局した疾患です。ですから、下肢静脈瘤があるからといって、脳動脈瘤、胸部大動脈瘤、腹部大動脈瘤などの頻度が他の方に較べて上がることはありません。ですから、静脈瘤があるからと言う理由で、動脈の検査をする必要は全くありませんよ。
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3.4 静脈瘤にはどんな治療があるの?
3.4.1 治療の原則を教えて?
答え:治療の原則は、あしの静脈うっ滞を取り除くことです。
下肢静脈瘤の症状はすべて、静脈血がうっ滞することが基本的な原因です。つまり、寝ていることが適切な治療なのです。重症の下肢静脈瘤では、静脈瘤は硬化した皮膚の下に隠れ、静脈瘤に親しんでいない医者には診断が極めて困難なことがあります。重症例では、皮膚潰瘍が生じていたり、ばい菌が入り蜂窩織炎を呈していたり、患者さんにも重症感がありますし、また診察した医者も重症であることを直感します。ところが静脈瘤は厚い皮膚の下にあり、明らかでない場合など、病気の原因が不明のまま、入院を勧めるわけです。患者さんも重症感が一杯ですので、直ぐに入院します。すると、どんな治療を施されようが下肢静脈瘤による症状は日に日に良くなります。入院すれば多くの方は、ベットでのんびり臥床するからです。1ヶ月もすると、皮膚潰瘍も小さくなり、蜂窩織炎も落ち着き、患者さんは医者や病院に感謝して退院します。そして仕事に復帰する。ところが、仕事に復帰したとたんにもとの状態が現れます。再び入院し、良くなる。でもまた、仕事に復帰すると悪化する。これを数回も繰り返すと、患者さんも、実は藪医者ではなかったかと思い始め次の医者を捜すのです。このように、仰臥位を静脈瘤の症状は、どんな治療を平行して施されようが、軽快します。
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3.4.2 圧迫療法
3.4.2.1 弾性ストッキングはどれを選べばいいの?
答え:少しきつめのもので、膝下がカバーされていればどれでもいいです。
最近のエコノミー症候群の報道のためか、日本でも医療用弾性ストッキングが普及しはじめました。薬局などで手軽に手に入るようになりましたし、価格競争のためか、弾性ストッキングの値段も以前に比べれば、遙かに安くなりました。3000円前後で膝下の医療用弾性ストッキングが手に入ります。どのメーカーでも、基本的に3種類の長さのものを揃えています。膝下までのもの(ハイソックスタイプ)、太ももが隠れるもの(ストッキングタイプ)、パンティーストッキングです。
下肢静脈瘤の症状は、ふくらはぎに血液が溜まることによって生じますので、膝下が圧迫されていればどれでもいいのです。つまれ、ハイソックス、ストッキング、パンティーストッキングのどれでも治療効果は同じようにあります。3種類のどれを選ぶかは、患者さんご本人がどれが履きやすいかで決めればいいのです。
また、足先がきついと、足首で弾性ストッキングを切って着用している患者さんがいましたが、そのようなことは辞めてください。足首で切ると、その先に血液がうっ滞し、足が非常にむくむことがあります。弾性ストッキングは足先から順に圧が軽減するように設計されています。つまり、あしさきが一番強圧で、ふくらはぎの下、真ん中、上と理論的にはあつの勾配ができるようになっているのです。血液を中心(心臓)に戻しやすい工夫が施されているのです。
同じように、サポーターを静脈瘤の部分にだけ着用している患者さんもいますが、通常は、サポーターより先がむくんでしまうので慎んだ方がいいでしょう。どうしても、弾性ストキングに自分なりの細工をして着用したい時は専門医の了解を得てくださいね。
わたしのところにはたくさんの医療用ストッキングのメーカーの方も訪問してくれます。そして、患者さんい勧めてほしいとお願いされます。だいたいどのメーカーのものも同じような性能です。洋服と同じで、サイズがありますが、メーカーごとに異なり、強さも異なり、色も異なり、履き心地もことなります。ですから、患者さんがいくつかを試してみることが一番と考えています。つまりストッキングは患者さんが履きやすいもの、購入しやすいものが良いと考えていますので、メーカーの方には、通信販売の体勢を取るように勧めています。病院や薬局で販売すると、中間マージンがかかります。今日の我が国での流通機構の進歩はすばらしく、日本全国に翌日か、遅くとも2日以内に通常の料金で配達可能です。中間マージンを考えると相当安い値段で提供可能です。ですから、各メーカーに通信販売の体制を取っていただき、私の手元には、通信販売用のパンフレットを置くようにしています。患者さんに勧める以上、責任がありますので、私自身や看護婦がサンプルを履き、患者さんにお勧めできないものはその旨をメーカーに伝えています。通信販売ですので、電話のオペレーターの対応なども、わたし自信が患者さんの振りをして時々電話をして確かめています。そのような努力のためか、ストッキングの値段も大分下がりました。
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3.4.2.2 弾性包帯の巻き方は?
答え:足部から一巻きあたり、包帯幅の1/2から1/3が重なる程度に、巻き上げてください。
お年を召した方では、戦時に着用していたゲートルを巻く要領とお話をすると簡単にご理解頂けます。ある一部分だけを強く圧迫すると、その末梢がかえって静脈うっ滞を生じますので、基本的に、足部から巻き始めることを勧めます。包帯は、綿で出来たものが締まりがよく、かつ伸びにくいので静脈瘤の治療などには最適です。土踏まずで2回ぐらい巻き、その後一周で、包帯幅の1/2から1/3位上方に進む気持ちで巻き上げてください。強さが問題ですが、比較的強く巻き上げても大丈夫です。いろいろな強さで巻いて見ましょう。足の指が紫になったり、ビリビリする場合は巻きすぎによる血行障害や神経障害が来ていますので、少しゆるめましょう。圧迫することが治療の原則ですから、あまり緩く巻いたのでは全く治療の意味をなしません。最初に、巻き方と強さを把握するとその後は簡単に巻き挙げることが可能です。根気よく頑張ってください。くれぐれも痛いときは、ゆるめてください。痛みは体が発する危険信号ですから。軽い違和感や圧迫感は全く心配いりませんよ。
包帯にかぶれる方は、一度弾性包帯を洗濯するとかぶれないことが多いようです。また、どうしてもかぶれる場合などは、かぶれない靴下の上から、弾性包帯を巻き上げる方法もいかがでしょうか。包帯はどうしてもゆるみますので、数時間おきに巻き直した方が、効果は上がります。重症の場合などは、根気よく巻き変えてください。
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3.4.2.3 静脈瘤による皮膚潰瘍がある場合はどうするの?
答え:潰瘍部により強く圧力がかかるように圧迫療法を工夫します。
下肢静脈瘤による皮膚潰瘍は、静脈のうっ滞によって生じます。潰瘍部のうっ滞が強いのです。ですから、潰瘍部により強く圧がかかるような圧迫をします。また、潰瘍があっても入浴の制限はありません。潰瘍部からばい菌がはいることもほとんどありません。むしろ、入浴し潰瘍部を綺麗に清潔にした方が、はるかに入浴を制限するよりもいいと考えています。まず、入浴後や、潰瘍面を綺麗にしたあと、市販の消毒液などで一応消毒します。一応ですから、消毒薬がない場合などは、消毒操作は省いてかまいません。つぎに、抗生剤を含んだメッシュ(ソフラチュールという商品名です)を潰瘍面に貼ります。これもソフラチュールがない場合は省いてかまいません。そして、高さが2センチメートルぐらいのスポンジを潰瘍の大きさよりやや大きめに切ります。そして潰瘍部にガーゼをあてて、その上にスポンジをのせ、足先から弾性包帯を巻き上げます。丁度スポンジがつぶれるように巻いていくと、潰瘍部に特に強く圧がかかるように圧迫ができます。そして膝下まで弾性包帯を巻き上げて終了です。一日に数回は巻き代えたほうが良いでしょう。どんなに大きな潰瘍もこの処置で1ヶ月で小さくなり、3ヶ月もするとなくなります。しかし、圧迫処置を忘れると直ぐに悪化しますのでご用心を。
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3.4.3 大伏在静脈抜去術とは?
答え:静脈内にワイヤーを入れて、大伏在静脈を引き抜く手術です。
静脈瘤の原因は、大伏在静脈の逆流によるものです。大伏在静脈も静脈のひとつですから、血液を心臓に返すように働いています。大伏在静脈は足首の内側から、ふくらはぎと膝、ふとももの内側の皮下を走り、そけい部(あしの付け根)で深部静脈と合流しています。この大伏在静脈を全長にわたって引き抜く手術が、ストリッピング手術(大伏在静脈抜去術)です。抜去する以外の大伏在静脈の摘出方法は、大伏在静脈の走行に沿って長い切開をおいて取り出す方法です。そけい部から、足首までの切開ですと通常90センチメートルとなります。それだけの長さの創を加えれば、すべての枝を結んで摘出できますから、出血などほとんどありません。ところが、長い創は一生残り、傷のピリピリ感や引きつれ感などで相当苦労するのです。ですから、まず特別な場合(大伏在静脈を代用血管として採取する場合)を除いて行われません。
大伏在静脈を抜去する場合は、ワイヤーを静脈内に通して引き抜きます。ですから、引き抜く静脈の中枢と末梢に小さな創を設けるだけですみます。大伏在静脈の深部静脈への合流部はそけい部ですが、ここには数本の枝がありますので、これをきれいに結紮切離する必要があります。ですから、通常創の長さは3センチぐらいでしょうか。枝を処理した後に、大伏在静脈の切断部からワイヤーを挿入します。そして、逆流のある範囲を摘出しますので、術前に、エコーや静脈撮影で確認した大伏在静脈の逆流部の末梢に切開を設けて、ワイヤーを引き出すのです。また、重症例や中等症例では、足首の部分まで逆流が及んでいます。その場合は、足首の部分に2センチメートル弱の切開を加え、大伏在静脈を露出し、切断後、その部よりワイヤーを中枢に送ります。ワイヤーが途中でつっかえるか、またはどうしても他の枝などに入り2カ所の創ではワイヤーを誘導できない場合には、小さな創を追加してワイヤーを送ります。ワイヤーが出れば、ワイヤーの先端に、金属製のヘッドを付けて、静脈を引き抜けば抜去術は終了です。どちらの方向に(頭側か足首側か)引き抜くかは、いまだに議論されていますが、わたしは通常は頭側に引き抜いています。枝は引きちぎれますので、あらかじめ大きな枝は、創を追加して処理しておく場合もあります。しかし、引き抜いて圧迫をすればどんな太い枝からの出血も問題なく止まります。
抜去術の欠点は、少なからず枝の静脈から出血があること。また、すべての静脈瘤を摘出し、全域にわたる表在静脈抜去術を行うとしばしば軽い知覚神経障害を残すため、現在では特殊な例(全長にわたり大伏在静脈の逆流を認める)を除いて、表在静脈の全長にわたる抜去術は控えるようにしておりますが、皮膚などに病変が及んでいる重症例では多くは大伏在静脈の全長抜去を必要とします。
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3.4.3.1 静脈を引き抜いて問題ないの?
答え:病気のため逆方向に流れている静脈を取り除くだけです。悪さをしている静脈を取り除くだけですので、問題ありません。
からだの中に取り去ってよい組織や臓器は滅多にありません。大伏在静脈もあった方がよいことは間違いないでしょう。通常は直径が数ミリで、大伏在静脈の中を血液が流れ、心臓に静脈血を戻す役割を担っているのです。しかし、典型的な静脈瘤では大伏在静脈は太く拡張し、血液は本来流れる向きとは反対に、つまり上から下に流れているのです。心臓に帰る血液のある部分が逆戻りをしています。そのあしをひっぱている静脈を成敗するだけですから、悪いことは一切していません。心配は無用です。
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3.4.3.2 ストリッピング手術後は静脈はどこを流れて心臓に帰るの?
答え:細い静脈を通ってすぐに深部静脈に入り、心臓に静脈血はもどります。
大伏在静脈や小伏在静脈がなくても血液は心臓に帰ります。細い小さな静脈は体中にたくさんあります。そして、下肢にもたくさんあります。大伏在静脈や小伏在静脈などの太い表在静脈がないと、皮膚の周囲の血液は、直ぐに深部静脈に入ります。ですから、深部静脈が開存していれば全く問題ありません。ところが、深部静脈が詰まっているために表在静脈に血液が流れ込み拡張している場合があります。この病態さえ見逃さなければ、全く心配いりません。
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3.4.3.3 大伏在静脈を取ってしまって何か将来困ることはありませんか?
答え:健常な大伏在静脈はバイパス手術のための代用血管になります。あったほうがいいですが、ストリッピング手術をするような大伏在静脈はすでに太すぎて代用血管にならないものです。
大伏在静脈は心臓のバイパス手術や、下肢の動脈の血行再建術などに使用される血管です。ですから、大伏在静脈を無闇に取り除くことは、将来上記の手術を予定された場合に、第1選択となる代用血管がないことになります。しかし、1センチメートル前後に拡張した静脈は、もはやその時点で代用血管とはならないのです。ことばを変えれば、将来、代用血管として使用できるものは温存し、代用血管として使用できないほど拡張した静脈に対して、その静脈を引き抜く手術を行っているのです。
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3.4.3.4 深部静脈の開存はどのようにして確かめるのですか?
答え:下肢静脈撮影検査または超音波検査で調べます。
間違いのない検査は下肢静脈撮影です。下肢静脈撮影は簡単に、そして正確に診断できます。また、若い先生に施行してもらって、後から経験ある医者が診断しても同じ結果が得られます。ですから、下肢静脈撮影は出来る限り患者さん全員に勧めています。造影剤にアレルギーのある患者さんにあ超音波検査で代用しますが、深部静脈の全長をすべて調べるには相当の経験がいります。
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3.4.3.5 静脈撮影は必ず手術前にしなければなりませんか?
答え:出来れば施行した方がより確実な手術ができますが。
いいえ、そんなことはありません。欧米では静脈撮影は行われていません。その理由は医療費の削減のためです。日本では静脈撮影も健康保険でもちろん認められています。ですから、より確実な診断を下すために、そして安全て適切な手術を行うために下肢静脈撮影を施行しているのです。わたくしも患者さんがどうしても下肢静脈撮影をやりたくないとおっしゃる場合や、造影剤にアレルギーがある方には施行していません。超音波検査で代用しています。このときに超音波検査の精度が、下肢静脈撮影に較べれば落ちることを十分に説明しています。
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3.4.3.6 静脈弁を修復する治療ではいけないの?
答え:理論的には正しいですが、ほとんど成功しません。
静脈瘤は弁の障害で起きるわけですから、この弁を修復するなり、正常な弁と置き換えれば良いわけです。理論的には正しい治療です。ところが、そのような処置は成功しないか、または成功しても長く正常な弁作用を維持できないのです。一方で、深部静脈が開存していれば、表在静脈を摘出することになんら問題はありません。ですから、再発率や、手術の確実性、患者さんの不利益などを総合すると、根治手術は大伏在静脈の抜去術となります。
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3.4.3.7 静脈瘤摘出手術とは?
答え:大小伏在静脈の逆流や不全穿通枝により生じた静脈瘤を取り除く手術です。
静脈瘤の手術は、原因である弁不全を伴う大・小伏在静脈や不全穿通枝を処理することと、それらを原因として拡張した枝から生じた静脈瘤を摘出することにわかれます。ストリッピング手術は逆流のある大伏在静脈を引き抜く手術を意味しますが、多くの場合、大伏在静脈の逆流により派生した静脈瘤の摘出術も含みます。
静脈瘤の処置は、硬化療法が導入され、健康保険の適応となった現在では、手術的に取り除く方法と、硬化療法により固めてしまう方法があります。どちらも長所・短所があるのです。手術的に取り除く方法では、手術を施行する創が必要です。通常2センチメートル前後です。ところが硬化療法では針を刺すだけですので、創はありません。一方、手術的に取り除けば、再発はありませんし、また血栓や色素沈着に悩むこともありません。硬化療法では硬化剤で固める治療のため、いつも再発を危惧する必要性があります。また、大きな静脈瘤に施行すると大きな血栓を生じ、非常な痛みを伴うことがあります。また、大きな静脈瘤に対する頻回の硬化療法や、多量の硬化剤の使用は、皮膚の色素沈着を招きます。ですから、手術や硬化療法の長所と欠点を比較総合すると、大きな静脈瘤は手術的に摘出し、小さな静脈瘤は硬化療法を行うという使い分けが最も患者さんに優しいと思われます。
通常血管外科医の間で行われている静脈瘤の摘出方法は約数センチメートルの手術創から、静脈瘤塊を摘出する方法です。直視下に皮膚の下を剥離して、出来るだけ遠くまで静脈瘤を剥離し、枝を糸で縛り出血をコントロールしながら静脈瘤を摘出していく方法です。この方法は、上手な血管外科医が施行すると約2センチメートルの創で5センチメートルの範囲ぐらいの静脈瘤を安全に摘出可能です。この数センチメートルの手術創を多数設けて静脈瘤を摘出する方法が従来の静脈瘤摘出術です。ひとつひとつの創が比較的小さいために創の治りもよく、ほぼ完全に静脈瘤は摘出可能です。しかし、数センチメートルの創は残りますし、また小さな手術創から直視下に摘出すべき静脈を剥離して、糸で枝を結びながら手術を進めるため、経験と技術と時間を要します。
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3.4.3.8 静脈瘤摘出手術を小さな創から行うことはできませんか?
答え:小さな創から静脈瘤を摘出する器械もありますよ。
われわれが考え出した方法は、糸で静脈の枝を結ばすに、ただ静脈瘤を摘出しようというものです。ワイヤーを用いる大伏在静脈の抜去術では枝はすべて引き抜かれる訳ですから、工夫をすれば、静脈瘤の摘出も枝の結紮は省略できるのではないかと考えたのです。まず、大切なことは下肢を心臓よりも高くすること。静脈の出血は通常これでコントロール可能です。次に、より出血を少なくするために、血管の収縮と血液を固まらせる血小板の機能を更新させるアドレナリンという薬剤を少量まぜた生理食塩水を摘出する静脈に注入することです。この二つの工夫により静脈の枝を糸で結ぶことなしに静脈瘤の摘出ができるようになりました。しかし、どこに静脈瘤があるのかを直視下に確認しなければ、手術は進みませんので、手術創の大きさの減少にはあまり役に立ちませんでした。
そこで次に考え出した工夫は、静脈瘤を直視下に見るのではなく、皮膚から透かして見てはどうかというものでした。摘出すべき静脈瘤は皮膚のすぐ下にあります。ですから、止血用に応用したアドレナリン入り生理食塩水を皮膚と筋肉の間に注入すると、静脈瘤は皮膚の下について浮き上がってきます。そして、5ミリメートルの直径をもつ光源を静脈瘤の下でかつ筋膜の上に挿入しました。これは、泌尿器科で以前より行われている尿道から行う手術器具や、最近盛んになった腹腔鏡にて手術を行うときの光源を借用しました。すると予想通り、静脈瘤は皮膚から透かして見ることができたのです。直視下に見る必要がなくかつ、静脈瘤の枝を結ぶ必要がなくなりましたので、約1センチメートルの創部から、半径7センチメートルの範囲の静脈瘤を安全に摘出することができるようになりました。これは大きな進歩で、極端に、手術創の大きさと数が減少しました。また、もっとも最新の方法は、5ミリメートルの光源と、もう一つ直径が5ミリメートルのカッターを用意しました。これは膝の関節手術を内視鏡的に行うときの道具を応用・改良したものです。5ミリメートルの筒の先端が上向きに開いていて、その中に中空になった、かつ先端がカッターになった内筒が挿入されていて、その内筒が回転して組織を削るようになっています。削られた組織は、カッターの内空から吸引されて、外に摘出されます。カッターの外筒は上方を向いているため、挿入部から皮膚についた静脈に向けてあります。知覚神経の大きな枝は筋膜上を走っているために、それらに障害を与えることもありません。この装置は光源もカッターも直径が5ミリメートルのため、すべての操作が5ミリメートルよりやや大きな手術創から施行できることにあります。術後の創は、大きな蚊やノミに咬まれたぐらいのもので、ほとんど目立ちません。また、手術時間も短縮されました。
このカッターもまだまだ改善の余地が残されています。5ミリメートルのカッターで1センチメートル以上の太く拡張した肉厚の静脈瘤を摘出することは、無理が多いのです。ですから、現在われわれは太い静脈瘤は直視下に摘出する。中等度のものはこのカッターを用いる。軽症の静脈瘤は手術で取らずに、残存すれば硬化療法を行うという方針でいます。
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3.4.3.9 静脈瘤抜去術の経過を教えて?
3.4.3.9.1 手術のあとは痛みますか?
答え:痛みはあまりありません。
痛みに対する質問が一番困ります。個人差が多いからです。手術後の痛みはほとんどありません。口から飲む鎮痛剤か、お尻から入れる鎮痛剤でほとんどは対応可能です。注射による鎮痛剤を使用するような痛みを訴える方はまれです。そのような痛みが次の日まで続くことはありません。注射を用いるような痛みがある場合は他の原因が考えれますので、医療従事者としては痛みが激しい患者さんの訴えを聞いたときはむしろ注意が必要です。一週間経っても、大腿の内側の大伏在静脈を引き抜いた箇所に、軽い時々痛むような違和感を訴える方は比較的多いです。でもかならず治りますよ。
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3.4.3.9.2 手術後どのくらいで歩けますか?
答え:麻酔が切れればいつでも歩いていいですよ。
手術自体は終了すればいつでも歩行可能です。腰椎麻酔は腰から下が麻痺する麻酔ですので、腰椎麻酔が切れるまでは歩行ができません。通常数時間から8時間前後で歩行可能です。欧米の施設や、また本邦でも数カ所の病院で、日帰りの大伏在静脈抜去術を施行しています。その場合は、腰椎麻酔ではなく全身麻酔で行います。つまり、大伏在静脈の抜去術自体は手術後は、あまり病院で注意深く観察する必要はないのです。しかし、本邦のように医療費が安い場合は、わたくしとしては、日帰りで退院され、一晩心配するよりも、少なくとも手術の翌日まで入院していただければ安心です。つまり、手術後1日が経過すればほぼ100%安全と言うことです。患者さんの多くは手術後2日でほとんどよくなるとおっしゃいます。
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3.4.3.9.3 入浴はいつから可能ですか?
答え:抜糸の日から入浴できます。ですから手術後7日目です。湯船に入れますよ。
抜糸は通常、手術後1週間です。抜糸した日に浴槽内に入れます。最近の創を被うテープは防水効果が優れているため、手術後5日頃からシャワーを浴びることも可能ですが、多くの方は抜糸までシャワーも浴びない方が多いです。また、あしさえ濡らさなければ、シャワーや入浴も可能です。両足の場合は、大きなポリ袋であしを被って、2日後からシャワーを浴びた方もいますし、また片足の手術の方では、大きなポリ袋に片あしをいれ、家族に手伝って貰って、湯船に入った患者さんもいました。でも多くの方は、一週間の辛抱ですから、洗髪とタオルなどで体を拭く程度で頑張っているようです。
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3.4.3.9.4 手術後はどのくらいで働けますか?
答え:仕事によりますが、通常1週間とお話しています。
これは仕事の種類によります。また、手術後の経過は個人差もあるため、100%確実なことは申し上げられません。しかし、一般的にと断って、デスクワークは術後4日から、軽い労働は7日、激しい労働は14日からとお話しています。大切な商談とか、ご本人が必ず出席するように大切な約束などは10日以降にしていただいてます。希にですが、1週間ぐらい腰椎麻酔に起因する頭痛が続くことがありますので。また、以前は3週間くらい入院が必要な手術でしたし、今でも入院から退院まで、3週間前後を予定している病院も多いです。ですから、患者さんが希望されれば、診断書には3週間の加療が必要と記載しています。
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3.4.3.9.5 スポーツはいつから可能ですか?
答え:体のコンタクトのないスポーツは手術後1週間で可能です。
テニスやゴルフなどは、抜糸した翌日から可能です。お相撲やレスリング、柔道などの体の接触があるスポーツは手術後2週間から許可しています。これは、手術後1週間では皮膚の治り具合は約8割です。引っ張っても手術創が絶対に開かないようになるには2週間前後が必要です。ではなぜ全員2週間で抜糸しないかというと、9割9分の方が、1週間の抜糸で問題ないからです。抜糸が遅くなると、創が何年も目立つようになりますから。水泳やあしを出す必要がある場合は別の意味でお話を加えています。大伏在静脈を抜いたあとに出血斑が生じ、結構な範囲で紫色が付くことがあります。完全に消失するためには、3から4週間を要しますので、水泳などの時は目立って恥ずかしいかもしれませんから。
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3.4.3.9.6 術後の通院はどの程度必要ですか?
答え:抜糸後には定期通院は不要です。
これも個人差があります。まず患者さんの地理的要因が最大のものです。わたしの外来には日本全国から、また世界の各地から患者さんが来てくれます。地理的に遠い患者さんは、抜糸のあとは定期通院を要求していません。ニューヨークから手術に来られた方に、では来週と、再来週と、1ヶ月後と3ヶ月後にお出でくださいとは言えませんから。ですから、基本的に心配なことがあればおいでくださいというこにしています。しかし、近くの方にも同じような対応をすると術後はしっかり見てくれないとのクレームを受けたりします。ですから、近くの方の場合は、術後1ヶ月、3ヶ月、6ヶ月、1年といったところでお話をしています。術後通院の理由は、術後の皮下出血の消失の確認、違和感の消失の確認と、取り残した小さな静脈瘤に対する硬化療法の施行が目的です。また、ご本人の術後の悩みや訴え、また完全に症状が消失したなどの嬉しいお話を伺うことが目的です。美容的に気になる軽い静脈瘤は、外来で硬化療法を施行しています。しかし、現在までの統計で術後に硬化療法の施行を希望される方は約1割のみです。
以上をご理解頂ければ、ご本人様さえ満足で心配がなければ、当方から強制する通院は全く不要です。
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3.4.3.9.7 術後のストッキングはいつまで履くのでしょうか?
答え:手術後1ヶ月の着用を勧めていますが、窮屈であればやめて良いですよ。
退院時はストッキングを着用して帰ります。抜糸まではストッキングは就寝時も着用を進めています。抜糸が終わると、ストッキングは就寝時以外に着用を進めています。一ヶ月間の着用を基本的に進めています。基本的とは、着用したくない方には、、無理に進めていません。私の考えとしては、手術にて摘出が必要と思われなかったような小さな静脈瘤が、手術と術後のストッキングで消失することが多いと考えているからです。でもそのように小さな静脈瘤は臨床症状も起こしませんし、また気になれば簡単に硬化療法で消せますので、あまり術後のストッキングの着用には執着していません。しかし、潰瘍があったような患者さんは、深部静脈の弁にも異常がある方が多いので、立ち仕事のときなどは生涯の着用を進めています。一方、静脈瘤がない方でも、夕方や長時間の立位、長い飛行機旅行などではあしがむくみますので、弾性ストッキングは静脈瘤のあるなしに関係なく、履いて気持ちのよい方は履かれることをおすすめしています。
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3.4.3.10 何歳まで手術をしてもらえますか?
答え:80歳以下では普通に行っています。
腰椎麻酔によるストリッピング手術はご本人の希望と手術の適応があれば、80歳までは通常と同じように手術を行っています。80歳以上でも綺麗なあしになりたいとご希望される方もいらっしゃいます。ある程度の検査をして、年齢相応の少しの危険性をお話して、手術を施行することもあります。先日、80歳を越えた品の良いお元気なお年寄りが外来を受診されました。著明な下肢静脈瘤でした。弾性ストッキングで保存的にしていればよい旨を十分にお話ししましたが、ご本人が、「三途の川を綺麗なあしで渡りたい」と強く手術を切望されるものですから、通常通り手術を行いました。本当にきれいなあしになり、いまも元気にスカートをはかれて生活されています。著者には三途の川をお渡りになるのはまだまだ先に思えていますし、手術をしてよかったと保存的治療を強く勧めた自分を反省しています。
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3.4.3.11 入院手術の際に、差額ベット代はどうなるの?
答え:差額ベットを患者さんが希望しない場合は、差額の部屋に入っても徴収できません。
すでにお話したように、この本でお話ししている治療はすべて健康保険の適応です。一番高額となる両下肢のストリッピング手術を施行しても、患者さんへの請求額は10数万円です。ときどき問題となるのが、差額のベット代です。差額ベットとは、4人部屋、2人部屋、個室などに入院するときに、各病院が一日あたり、保険請求額とは別に患者さんに請求する金額です。病院での1日はホテルとは異なり、深夜の12時が開始点です。ですから、通常の1泊2日も二泊分としてカウントされます。そこで、患者さんの希望で4人部屋、2人部屋、個室などご希望されるときは、支払っていただくのは当然のことです。しかし、病院の都合の場合は別です。つまり、患者さんは差額がない部屋を希望しているのに、病院には差額の部屋しか残っていないときです。この場合は、患者さんは、個室に入ろうが、全く差額ベット代を支払う必要はありません。これは厚生労働省の通達がすでに各病院に出ており、差額のお金を請求する場合には入院前に患者さんの承諾書が必要です。ですから、私の施設では、差額無しを希望の場合には、入院申込用紙に「差額無し」と明確に記しています。
入院待ちがある病院では、差額のない部屋には待ち時間が長く、差額のある部屋では入院待ちがない状態も生じます。この場合は、早く治療をご希望される場合は差額代をお払いいただくことになるでしょう。
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3.4.3.12 手術の合併症はないの?
答え:腰椎麻酔による頭痛、皮下出血斑、創のピリピリ感があります。どれも時間とともに治ります。
手術のお話をするときに頻度の高い合併症として起こるものとして、以下の三点を挙げています。
・腰椎麻酔の後遺症である術後の頭痛
・静脈抜去時に生じる皮下出血斑
・手術創に起因する皮膚のピリピリ感
こららはどれも時間の経過とともに治ります。詳細は後ほど述べます。
また、まれな合併症としては、日常生活をしていても起こることが、たまたま手術中や手術後に生じることがあります。代表的なものは心筋梗塞や脳卒中でしょう。静脈瘤の手術でこれらの疾患の発症率が上昇することは通常ありませんので、運が悪いとしか言いようがありません。交通事故に遭遇するような確率ですが、悪いことを含めて出来るだけお話をすることが良いとされている現状(説明義務がある現状)では、このような話しもせざるを得ないのです。また、極まれにわれわれが予期できないような事態が生じることがあります。下肢静脈瘤の手術はいつもいつも同じことを行っているのですが、1000人に一人ぐらいの割合で、予想を超えたことが起こります。もちろん適切な対処を施しますが、このようなことも何気なく、手術前のお話に加えざるを得ない世の中です。
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3.4.3.12.1 腰椎麻酔による頭痛はどれぐらい続くの?
答え:数日でほとんど治ります。まれに一週間続きます。しかし、治らなかったものはありません。
腰椎麻酔は麻酔液を、背骨の中を走っている脊髄周囲に入れる麻酔方法です。脊髄は硬膜で覆われ、その中に脳脊髄液が満たされています。正確に言うと、硬膜にまで針を刺し、脳脊髄液に麻酔薬を入れる麻酔方法です。この脳脊髄液は字のごとく、脳と脊髄を覆う衝撃吸収のための液なのです。この液が腰椎麻酔のために針が刺された穴から漏れることが、頭痛の原因だろうと推測されています。ですから、細い針で腰椎穿刺をする方が、太い針で行うよりも頻度は少ないとされています。また一回の穿刺と、数回の穿刺では、当然数回穿刺した方が、頭痛の頻度が増加します。平均的にはまず腰椎麻酔後の頭痛は、1/3から1/5の方に生じます。頭痛を減らすために、細い針で出来る限り少ない回数で穿刺するように心がけていますが、やはり頭痛を100%回避することは不可能です。頭痛が生じた場合には、ベットの上でのんびりしていただき、点滴を追加し、痛み止めを処方します。硬膜にあいた穴が塞がり、脳脊髄液の漏れがなくなると頭痛は消失すると考えられています。ですから、かならず腰椎麻酔に伴う頭痛は治ります。何週間も続いた患者さんは一人もいません。また、どうしても大事な商談や、キャンセルできない約束がある場合には、全身麻酔をお勧めしています。全身麻酔では頭痛は生じませんから。
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3.4.3.12.2 術後の皮下出血班とはどんなもの?
答え:みなさんご経験があるでしょうが、たんこぶや青あざの大きなものと思ってください。
静脈抜去術の項でも述べましたが、静脈抜去のためには創は、引き抜く最初と最後の2カ所だけでよいのです。その間の枝は引きちぎられるわけですが、静脈出血は必ず圧迫しているか、あしを挙上していれば止まります。その替わり、出血した血液が溜まってこぶのようになったり(たんこぶ)、しばらくしてから、出血のたまりが皮膚にしみ上がってくる(あおあざ)ことがおこるのです。どちらも、すでに出血は止まっていますので心配はいりません。時間の経過とともに、しみ出した血液は吸収されます。遅くとも手術後3から4週間で跡形もなく綺麗になります。大きな枝はあらかじめ縛っておいた方が出血も少なくてすみます。しかし、創の数がひとつ増えます。このあたりの創の数や、創の場所は経験に基づいて決められます。
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3.4.3.12.3 手術創に起因する皮膚のピリピリ感とはなんですか?
答え:知覚神経の損傷により生じるもので、数ヶ月で消失します。
手術を行うには、創が必要です。下肢静脈瘤の手術では、われわれの施設では、そけい部に3センチメートル弱の創が一カ所、その他の創は2センチメートル弱です。このようの小さな創でも、皮膚に分布している知覚神経は少なからず切断してしまいます。ですから、創周囲のピリピリ感が残ることがあるのです。約20パーセントぐらいの確率でしょうか。通常は数ヶ月もすれば消失します。ピリピリ感と言っても常時感じることはなく、就寝時とか、机などのあしをぶつけたときに感じるパターンが多いようです。大伏在静脈が太く、炎症が周囲の組織に及んでいる場合などは、大伏在静脈を抜去するときに近くを併走している神経を損傷することもあります。この知覚神経の損傷は膝から下、特にくるぶし周囲での大伏在静脈の抜去時に生じるために、出来る限り大伏在静脈の抜去は膝までにとどめるようにしています。また、重症例などで逆流が足首まで認められるときは、大伏在静脈を全長にわたり抜去しなければなりません。その場合は、足首付近の静脈は特殊な方法で十分剥離を勧めて、神経損傷の頻度を軽減するように勤めています。そのような努力を払っても、軽い神経損傷を完全には避けることができません。日常生活には全く問題はありませんが、神経質な方ではながく違和感を訴えます。とくに片足だけ手術を施行された場合などは、毎日、左右の足を触っては、違和感を較べています。このような特に神経質な方では、一生違和感が残るとあらかじめお話をしておきます。そして、日常生活に全く問題ないため、気にしないように勧めています。とくに、足首周囲を触らないように指導しています。そうすることで、神経質な方も術後にあしをさわることがなくなり、全く問題なく生活されるパターンが多いようです。
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3.4.3.12.4 色素沈着はありますか?
答え:手術により色素沈着が生じることは通常ありません。
手術後に色素沈着が目立つと訴える患者さんがたまにいらっしゃいます。結構ひどい静脈瘤の患者さんの場合が多いです。この場合、手術前から静脈瘤に沿って色素沈着があったのですが、ひどい静脈瘤に気を取られて色素沈着には気が付かなかったケースがほとんどです。手術にて静脈瘤が消失し、綺麗なあしになると、今度は以前からあった色素沈着がかえって目立つようになったと言うわけです。
硬化療法で静脈瘤を治療する場合には高率に色素沈着が生じます。軽度のものも含めれば100%近く生じます。多くは6ヶ月以内に結構目立たなくなりますが、長い期間に渡って結構目立つ色素沈着が生じることもあります。
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3.4.3.12.5 むくむ
答え:重症な方ではときどき術後にむくみます。数週間でもとに戻ります。
静脈瘤があると足がむくむことがあります。また、静脈瘤の手術後にあしがむくんだ感じを持つ方もいます。実際に太くなっている場合と、むくんだ感じをもつ場合がありますが、どちらも週間で消失します。実際にあしが太くなる原因としては、手術時の出血によりあしが太くなることが希にあります。また、広範囲の静脈瘤で、静脈瘤をすべて取り去る手術をした場合などは皮下の炎症がおこることがあり、むくむこともあります。われわれの施設では、術中、術後の出血を極力減らすために、血管収縮剤(エピネフィリン)を含んだ生理食塩水を静脈瘤周囲に注入していますので、その薬液の影響であしがむくむこともあります。どの場合でも必ず治りますので、心配無用です。
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3.4.3.12.6 創が開く
答え:極まれに、抜糸後に創部が開きます。再縫合するか、テープで固定すれば治ります。
手術の創は、糸で縫い合わされます。一週間後に抜糸をしています。一週間で抜糸をする理由は、ほぼ創が治癒している時期だからです。ほぼと書きましたのは、完全ではないと言う意味で、まれに創が抜糸後に開く方がいます。抜糸を数週間後に行えば、創が開くことはありません。しかし、抜糸を遅らせると糸の跡がはっきりと残ってしまいます。また、抜糸後に入浴を許可しますので、何週間も入浴ができない状態となります。ですから、ごく希に創が開くことは承知の上で、1週間で抜糸をしています。抜糸後に、通常の運動は問題なく許可しています。テニス、ゴルフ、水泳、ダンスなどです。体のコンタクトがあるスポーツ、お相撲、レスリング、柔道などは抜糸後一週間で許可しています。抜糸後1週間すれば完全に創が治癒したと考えられるからです。糖尿病や膠原病などで、傷の治りが悪い方では、2週間後に抜糸をすることもあります。
もしも抜糸後に創が開いても、再縫合するか、医療用テープで固定するだけで、ちゃんと治りますので心配はいりません。
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3.4.4 静脈瘤は手術後再発しますか。
答え:手術をした場所は再発しません。しかし、他の場所、他のあしに静脈瘤が起こることはあります。
手術で大伏在静脈を取り去り、静脈瘤も摘出すれば、同じ原因で静脈瘤が再発することはありません。トカゲの尻尾が取れたあとに、再びできあがるようなことは人間には起きませんから、大伏在静脈を取り去ったあとに、再び大伏在静脈が出来ることはないのです。しかし、あし全体としてみれば、小伏在静脈や穿通枝が将来逆流するようになって、手術した方のあしに、再び静脈瘤生じることがあります。全体の数パーセントにあるとお話をしています。しかし、この場合は大伏在静脈がすでに取り去ってありますので、小伏在静脈の結紮や不全穿通枝の処置を、局所麻酔で施行すれば良く、入院の必要は通常ありません。また、軽い場合は硬化療法単独でも治療可能です。
ときどき、遭遇する再発例は、他の病院で施行された場合です。静脈撮影を行うと、しっかりと大伏在静脈が写ります。そして、そけい部と下腿には手術した跡がちゃんとあります。この場合の可能性は、手術時に大伏在静脈を見逃して適切なストリッピングを行わなかった場合と、大伏在静脈と平行して走る、副伏在静脈の処理を怠り、その副伏在静脈が次第に拡張し、大伏在静脈と見間違うほどに拡張した可能性があります。この場合は、大伏在静脈のストリッピングと同じ手術が必要となりますので、入院が必要です。場合により、外来で局所麻酔下の高位結紮と静脈瘤摘出・硬化療法で対応できることもあります。
片側しか手術を行わなかった場合は、反対のあしにも静脈瘤が出来る可能性が高いですが、ご自身であしの具合を観察し、早めに治療を行えば、外来でも局所麻酔による手術で対応可能です。
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3.4.5 手術をしなければいけませんか?
答え:適切な圧迫処置を一生施す覚悟があれば、手術をする必要はありません。
静脈瘤の治療の基本は、静脈血の下腿へのうっ滞を除くことです。ですから、一生臥床しているか、一生弾性ストッキングか医療用弾性包帯で下腿を圧迫できれば、手術をする必要はありません。また、手術をしなかったからといって命を失うこともありません。最近、放置しておくとエコノミー症候群を起こし急死すると他のクリニックで言われて、驚いて私の外来を受診されたかたが続きました。エコノミー症候群が下肢静脈瘤患者に多いことは、深部静脈血栓症の頻度が遙かに高い欧米では事実のようですが、本邦では決して下肢静脈瘤があるからといって、深部静脈血栓症と肺梗塞の頻度が高いとは思えません。また、正しく弾性ストキングを着用していれば、欧米にても深部静脈血栓症と肺梗塞の頻度は、静脈瘤がない方々と差はありません。ですから、下肢静脈瘤を放置すると命を落とす可能性が高いので直ぐに手術をしましょうと勧めるようなクリニックには決して行かないでください。お金儲けのために、患者さんを無用に脅しているとしか考えられません。
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3.5 硬化療法を詳しく教えて?
答え:血管内に硬化剤を注入して、静脈瘤を固める治療です。
下肢静脈瘤の治療の原則は下腿の静脈血のうっ滞を取り除くことです。つまり、静脈瘤自体を取り除かなくても、静脈瘤内の血液のうっ滞が消失すれば良いわけです。そこで、静脈内に血液を固める薬剤を注入し、静脈の壁がお互いにくっついた状態にして、静脈を役立たずにしようという方法があります。この方法は欧米では30年以上前から行われている方法です。そして、現在でも行われています。本邦では10年ぐらい前から、行われ始め、1997年に健康保険の適応に加えられてからは、爆発的に普及しました。
硬化剤として、われわれはエトキシスクレロールとよばれるものを使用しています。その実際をお話しすると以下のようです。まず、注射針を静脈瘤の中に刺します。そして、患者さんに横になってもらい、下肢を幾分挙上します。すると、下肢は心臓よりも高い位置になりますので、静脈血は心臓側に移動し、静脈瘤内の血液はほとんどなくなります。そこに硬化剤を注入するのです。この状態ですと、高濃度の硬化剤が静脈瘤内に注入されますので、硬化剤に血液を固める効果が十分にあります。この硬化剤は薄まると血液を固める効果はなくなります。しかし、体に対する害もなくなります。ですから、注入した硬化剤は少量は全身を回る可能性もあるわけですが、患者さんにはまったく害がないということです。施設により、硬化剤注入前に生理食塩水で血液を洗い流す方法も採られています。また、少量の空気を先に注入し、空気によって、血液の再充満をブロックしようという方法も試みられています。
この硬化療法という治療は外来で行われますので、患者さんは歩いて帰宅します。立ち上がると、再び静脈瘤内に血液が入り込み、そして硬化剤が薄まってしまいます。これを防ぐために、数日間はきつめに弾性包帯を巻いていただき、静脈内に硬化剤が残るように、また静脈の壁と壁がくっつくようにするのです。適切な場所に硬化剤が入り、かつ適切な圧迫が加われば、結構な大きさの静脈瘤まで消失します。
この治療の欠点のひとつは、硬化剤の注入で皮膚に茶色く色が付くことです。この色素沈着の程度には個人差があります。ある方にはほとんど起こりません。ところが、ある患者さんでは結構茶色くなります。通常は数ヶ月で薄くなりますが、数年にわたって、色素沈着が残ることもあります。
他の合併症としては、十分な硬化剤が入り血の固まりが上手に生じたが、圧迫が十分でなかったために、静脈瘤が膨れた状態でその中に血栓が生じることがあります。これはとても痛く、注射器で血栓を吸引したり、局所麻酔にて小さな創から静脈瘤を血栓ごと摘出する必要があることもあります。
硬化剤治療の最大の欠点は、再発です。下肢静脈瘤は通常は、大伏在静脈、小伏在静脈および穿通枝の弁不全によって起こるわけです。この弁不全がある静脈を放置したまま、いくら上手に硬化療法を行っても、必ず再発します。人間の体には、出来た血の固まり(血栓)を溶かす作用が備わっているために、大伏在静脈の逆流を放置して、硬化療法を施行しても、すぐに逆流部と接するところから血栓は溶け、静脈瘤はもとの大きさに戻ります。
下肢静脈瘤の原因の多くはすでにお話しましたように、大・小伏在静脈の弁不全によるため、明らかな表在静脈血の逆流をそけい部または膝の裏で認める場合は、その逆流を遮断しておかなければ、血栓化して消失した静脈瘤が高頻度に再出現することが判明しました。そこで、明らかに大・小伏在静脈の弁不全が見られる場合には、局所麻酔にて大・小伏在静脈の根本を縛っています。この小手術と硬化療法を併用することにより、軽症に近い中等症例ではストリッピング術とほぼ同程度の治療効果が得られると考えています。この手術は高位結紮術と呼ばれ、2000年4月より健康保険の適応となりました。
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3.5.1 静脈瘤に対する硬化療法の合併症は
3.5.1.1 硬化療法で静脈瘤内の血栓ができるの?
答え:硬化療法は血管を血栓で固める治療ですから、瘤内には当然血栓が生じます。
硬化療法は基本的に、硬化剤を静脈瘤内に注入します。そして血栓を生じさせて静脈瘤を固めてしまう治療方法です。血栓は、炎症をともない血栓性静脈炎と言う状態を生じますので、出来る限り治療後の血栓を少なくすることが硬化療法にとっては大切です。そのためには静脈瘤がへこんでいる状態で固めてしまいたいのです。ですから、硬化療法後は適切な圧迫が最も大切です。弾性包帯で巻き上げるほか、特に圧迫を強化したい部位に、ガーゼやその他の圧迫する道具(枕子)を置くことが行われています。これらによる圧迫が十分でなく、大きな静脈瘤が大きなまま血栓にて固められてしまうと、激しい痛みを伴う血栓性静脈炎を生じます。痛みを除くには、痛みの原因である血栓を取り除く必要があります。太い針を血栓部に刺して、血栓を注射器で吸引する方法や、局所麻酔を加えて0.5から1センチメートルの創を設け、血栓を掻き出す方法などがあります。
小さな軽い痛みを伴う血栓性静脈炎は消炎鎮痛剤の投与で、数日で軽快します。硬化療法後はともかく、適切な圧迫が必要なのです。また、あまり大きな静脈瘤には硬化療法よりも手術的に摘出したほうが、早く痛みもなく綺麗になります。
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3.5.1.2 硬化療法で色素沈着は起こるの?
答え:頻回の硬化療法を行うと、著明な色素沈着を生じます。通常は時間とともに薄くなります。
硬化療法は人為的に血栓を作る治療ですが、血栓が生じること自体でも色素沈着が生じますし、また硬化剤によっても色素沈着が生じます。出来る限り色素沈着の頻度と程度の少ないものの開発が望まれますが、残念ながら全く色素沈着を生じない硬化剤は現在のところありません。本邦で最も使用されている硬化剤であるエトキシスクレロールを例にあげると、硬化剤の濃度が高いほど、また使用量が多いほど、使用回数が多いほど、色素沈着は強いものになります。1から2週間をピークに次第に薄くなりますが、半年や1年経っても結構目立つ患者さんもいます。むしろ、患者さんの肌の色によって目立ち方は極端に異なります。色白の方では、軽度の色素沈着が生じても周囲の皮膚と較べれば際だって目立つ色に写ります。一方、すこし色の濃い方では、相当の色素沈着を生じてもほとんど周囲からはわからないものです。ですからわれわれの施設では、色白の方に硬化療法を行う場合は少量にて治療し、どの程度色素沈着が生じるかを確かめ、かつ患者さんがその程度の色素沈着であれば、硬化療法を続けようと承諾された場合に、追加の硬化療法を施行しています。硬化療法は美容的な訴えで試す方が多いため、患者さんの満足が得られることを確認する意味で、ぼつぼつ少量から始めています。
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3.5.1.3 硬化療法で皮膚の壊死は起こりますか?
答え:硬化剤が血管外に漏れたときに生じます。時間が経てば、正常な皮膚で覆われます。
硬化剤が血管外に漏れたときに生じます。以前は血管外に硬化剤を注入する方法も行われていましたが、現在ではあまり一般的ではありません。硬化剤は組織の障害作用がありますので、少量の漏れでは皮膚の壊死は生じませんが、ある程度漏れると皮膚が脱落することがあります。しかし、通常はほんの少しの皮膚の脱落ですので、適切な創処置を行えば、軽い色素沈着を残すのみで治ります。まれに他のクリニックで治療を施されていて、大きな潰瘍ができたと受診される方がいます。大きな潰瘍が出来た原因はよくわかりませんが、硬化剤の注入量が極めて多く、または血管外に注入したものと思われます。周囲の組織が壊死している場合は、壊死した組織を手術的に取り去り健常な皮膚だけにして縫い合わせた方が、1週間でかつ綺麗に治ります。
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3.5.1.4 硬化療法で皮膚のかぶれはおこりますか?
答え:硬化剤によっても、また弾性包帯によっても生じます。直ぐ治ります。
皮膚のかぶれはまれに硬化療法によりおこります。硬化剤自体で起こる場合もありますが、むしろ皮膚のかぶれは、硬化療法後に巻き上げられる弾性包帯によることが多く、不適切な巻き方で一カ所が強く巻き込まれて場合などにかぶれます。また、局所的に圧迫を強化するためにガーゼやその他のものを枕子として用いますが、それらとの段差の部分にかぶれたような水疱が生じることもあります。弾性包帯自体にかぶれる方もいます。そのような場合は一度洗濯した弾性包帯を使用するとかぶれの頻度は低くなります。どの場合でもかぶれは1週間もあれば跡形もなくきれいに治ります。
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3.5.1.5 硬化療法で深部静脈血栓症・肺梗塞はおこりますか?
答え:多量の硬化剤を使用し、それが深部静脈にまで影響を及ぼしたときに生じます。極まれな合併症です。専門家が硬化療法を行えばおこりません。
深部静脈血栓症がどの程度の頻度で起こっているかは不明です。硬化療法後に静脈撮影を施行すれば明らかな頻度がわかるのしょうが、潜在的な深部静脈血栓症を調べる目的では、静脈撮影を行ったことはありません。しかし、症状を呈するような深部静脈血栓症は硬化療法後にはほとんど起こりません。症状とは静脈還流が障害されるため、あしが極端に太くなることを言います。また、深部静脈血栓症に引き続いて肺梗塞が起こる可能性があるわけですが、明らかな治療を必要とするような肺梗塞は、日本全国で年間数例が起こっていると思われます。硬化療法の肺梗塞で死亡例がでたことは著者の知る範囲では本邦では報告されていません。
しかし、いつもわれわれ血管外科医は深部静脈血栓症と肺梗塞の危険を減らすように勤めています。まず、適切な量の硬化剤を使用することです。適切な量とは、静脈瘤内には満ちますが、深部静脈には至らない量を言います。最初に適量が不明な場合は、造影剤と硬化剤を混ぜ合わせて、エックス線の透視下に硬化剤の広がりを確認しながら注射すればいいのです。わたしも過去にそのようなことをして、どの程度の量が安全かを経験的に知るようになりました。また、硬化剤は薄まれば全く効果がありません。ですから、万が一深部静脈に硬化剤が入っても、すぐに薄まるように、硬化療法後はふくらはぎをマッサージするか、ご本人に歩行をして頂いて、深部静脈に血液が流れるようにします。ストリッピング時に硬化療法を併用することは患者さんが麻酔のために直ぐに歩行できませんので、深部静脈血栓症を生じる危険が増します。しかし、マッサージなどで血液をおくり、万が一にも深部静脈に入った硬化剤を洗い流す努力をしていれば問題はありません。
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3.5.2 硬化療法後に静脈瘤の再発はありますか?
答え:高率に再発します。しかし、静脈瘤は良性疾患ですから、再び治療を行えばよいので心配無用です。
硬化療法は静脈を固めて、静脈瘤を見た目の上で消失させる治療です。静脈も障害を受けていますが、手術と異なり体からはなくなっていません。また、人間の体には血栓を溶かす働きが備わっており、また障害部も修復する働きがあります。ですから、当然の血管として静脈瘤が再発する可能性があります。しかし、静脈瘤は再発しても恐れることはありません。良性疾患ですので、再発した時点で次の治療を考えればよいのです。もちろん長い期間に渡って再発しない患者さんもいらっしゃいます。再発時には再び硬化療法を選ぶことも、また今度は手術を試みることも患者さんの希望次第です。血管外科医と相談の上、ゆっくり考えて決めて下さい。治療方法が決まらないときは、弾性ストッキングを着用して決心がつくまで待てば良いだけのことです。決して静脈瘤を放置したかたらと言って、命取りにはなりませんから、ご安心ください。
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3.5.3 硬化療法の一番の適応はなーに?
答え:美容的な極めて軽症な静脈瘤と、手術後に残った小さな静脈瘤です。
この本では軽症の静脈瘤と分類されている手術が必要でない美容的に気になるような静脈瘤は硬化療法の治療が最も奏功するもののひとつです。クモの巣のような極めて細いものから、分節的に少し拡張している表在静脈などは一回の硬化療法で通常消失します。逆流がある静脈とつながっている下肢静脈瘤では硬化療法後に再発の可能性が高いですが、その逆流がある伏在静脈が抜去術などで摘出され、その後に残った静脈瘤はもはや太い静脈とは交通がないものですので、硬化療法で簡単に消すことができますし、また再発もほとんどありません。硬化療法の出現で、小さな静脈瘤は手術時に摘出する必要がなくなったのです。以前は、手術後に患者さんに、わずかの静脈瘤の残存を指摘されたり、それをご不満に思われたりすることが、術者としても嫌ですので、出来る限り手術時に、小さな静脈瘤も含めてすべて摘出する必要がありました。ですから、手術創の数も増えますし、また手術時間も結構かかりました。ところが、硬化療法が導入され、小さい静脈瘤は手術後に簡単に処置が可能となりましたので、手術で摘出するものは、硬化療法では不向きなある程度の大きさをもつ静脈瘤のみとなりました。すると、手術創の数も遙かに少なくなり、手術時間も短縮されました。その上、手術後に硬化療法で消す予定であった小さな静脈瘤も手術後に多くは自然消滅することがわかりました。これは、小さな静脈瘤とつながる大きな静脈瘤や、伏在静脈の本管で摘出されたことで、小さな静脈瘤には自然に血栓が生じ、硬化療法を施行したと同じことが、手術後に自然に起こったと思っています。ですから、われわれの施設では、取り残しの小さな静脈瘤に硬化療法を必要とする頻度は約1割で、予想していたよりも遙かに少ない患者さんしか術後の効果療法を必要としていません。ですから、硬化療法の恩恵は、多くの場合実際の硬化療法を必要とせず、手術創の数の減少と手術時間の短縮に貢献したと考えています。
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3.6 局所手術(高位結紮術)をする意味はなーに?
答え:著明な静脈の逆流があると、硬化療法は成功しないか、または高率に再発します。逆流を遮断するために、局所手術を行います。
では、硬化療法をより効率的に施行するには逆流がある静脈を始末すればよいということになります。その方法のひとつが大伏在静脈の根部結紮です。大伏在静脈は足首の内側から膝の内側を通り、下肢の付け根で大腿静脈と呼ばれる深部静脈に合流します。ですから、その根本である大腿静脈から分枝するところで静脈を縛り、逆流を取り除こうとするものです。その後に硬化療法を施行します。この方法で多くの中等症の下肢静脈瘤は再発率も少なく治療可能です。
この方法の利点は入院を必要とせずに適切な下肢静脈瘤が治療可能ということです。しかし、静脈瘤自体は硬化療法により消失させることを目的としていますので、あまり大きな静脈瘤に施行すると、大きな血栓が生じたりしますし、また頻回の硬化療法は皮膚の色素沈着を招きますので、わたしは、軽度の逆流を認め、かつふくらはぎの静脈瘤も軽度なものをこの治療の適応にしています。
大伏在静脈の根部の結紮はいろいろな方法があります。一番簡単なのは、大伏在静脈だけを合流部の近くで縛ることです。しかし、縛るだけでは、なぜか再開通の頻度が高いことがわかっています。再開通したあとに静脈撮影を行うと、ある場合は縛った糸が溶けて、全くもとの状態になっていることがあります。また、溶けない糸を使用して大伏在静脈はきちっと縛られているのですが、周囲の小さな静脈が比較的太くなりそれらが大伏在静脈につながって大伏在静脈の逆流を生じている場合もあります。そこで、われわれは大伏在静脈は切断し、その後、切断端を中枢に追いすべての枝を結んで切ると言う操作を行っています。枝をすべて払うことにどれだけの意味があるかは不明です。わたしの考えとしては、枝をすべて払い大伏在静脈の合流部を確かめるという操作は、ときどき認められる太い第二の伏在静脈(副伏在静脈)の存在を確認できます。また、最初に大伏在静脈と思ったものが、実は枝で、さらに本物の太い大伏在静脈が他に見つかったなどの経験もしています。ですから、確実に大伏在静脈を結紮する意味で、すべての枝を払うように心がけています。術前の超音波検査は、大伏在静脈の正しい走行を理解するのに役立ちます。
高位結紮と硬化療法を併用すると、相当ひどい静脈瘤まで外来通院で治療可能です。しかし、通院日数は長くなり、また、再発の可能性もすくなくありません。また、大きな静脈瘤に硬化療法を行うと、血栓による痛みや、色素沈着が生じます。ですから、どうしても入院ができない方で、上記の不利な部分を十分にご理解頂いているひどい静脈瘤の患者さんにのみ、わたしは高位結紮と硬化療法を施行しています。
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3.7 内視鏡的不全穿通枝結紮術とは?
答え:重症例では、大きな不全穿通枝が存在します。不全穿通枝の直上の皮膚病変にメスを入れると潰瘍を生じます。そこで、健常な皮膚の部位から細い器械を用いて不全穿通枝を処理する方法が、内視鏡的不全穿通枝結紮術です。
ここまでのお話でみなさまもご理解のことと思いますが、下肢静脈瘤は大伏在静脈の逆流、小伏在静脈の逆流および穿通枝の障害(不全穿通枝)により起こります。大・小伏在静脈の逆流に対しては、完全に処置を施す方法としては、それらを取り除いてしまう手術です。また、大・小伏在静脈の本管は放置して、逆流の起始部であるそけい部の大伏在静脈や膝の裏の小伏在静脈を縛る手術(高位結紮術)も場合により行われます。では、不全穿通枝に対してはどのように手術が行われるのでしょうか。
その前に、不全穿通枝の診断は、触診やミルキングテストで疑うことはできますが、確実な診断はドップラー超音波検査や静脈撮影により行われます。不全穿通枝が生じる部位は経験的にわかっており、それぞれハンター、ドット、ボイド、コケットなどの名前が付けられています。穿通枝の障害が単独で静脈瘤が生じることは希です。通常は、大伏在静脈や小伏在静脈の逆流と、穿通枝の障害を伴っています。また、不全穿通枝といっても少量の逆流を認めるだけの直径の小さい不全穿通枝から、大量の逆流を認める直径の大きな不全穿通枝までいろいろです。
静脈瘤が重症になればなるほど、不全穿通枝が関与する頻度が高くなります。この本では重症の静脈瘤は、皮膚に変化がきている静脈瘤として定義していますので、色素沈着や皮膚の硬化、皮膚潰瘍などを合併している静脈瘤では不全穿通枝の存在を強く疑ったほうがいいと言うことです。これは大・小伏在静脈の逆流が下腿にまでおよび、かつその逆流量が増加すると穿通枝も太くなり、次第に穿通枝の弁障害を誘導し、つぎに穿通枝自体に起因する静脈瘤を生じるものと著者は考えています。
ですから、重症例のなかには、大・小伏在静脈の摘出だけでは、静脈瘤の原因が完全に取りきれない場合があるのです。つまり不全穿通枝の処理を怠ると、重症例の下肢静脈瘤では治らない症例が多々あると言うことです。確実な下肢静脈瘤の手術をする上で、不全穿通枝を確実に見つけ、確実に処置を施すことが大切だとご理解頂けたと思います。
では、不全穿通枝の処置の方法です。これは簡単です。不全穿通枝を縛るなり、切断すればそれで十分なのです。ある専門書では、不全穿通枝は筋膜の下で切断しなければならないと記載されていますが、わたしは、不全穿通枝が深部静脈から表在静脈に逆流を生じることにより静脈瘤を作り出しているわけですから、不全穿通枝がどの部分で切断されようと大した問題はないと考えています。不全穿通枝を縛るなり、切断することが不全穿通枝に対する処置であるわけですから、その所在さえ捕まえていれば、その不全穿通枝の直上の皮膚を2センチメートルほど切開し、直視下に、切断すればそれで終わりです。ところが、重症の静脈瘤では、不全穿通枝の近傍に湿疹、皮膚硬化、色素沈着、皮膚潰瘍などが生じているため、その皮膚を切開することは、皮膚の治りが不良で、皮膚潰瘍を生じる危険性が高いのです。特に著明な湿疹や、厚い皮膚硬化、皮膚潰瘍の周囲などではまず間違いなく、切開創は手術後に皮膚潰瘍を生じてしまいます。しかし、不全穿通枝を適切に処置をした結果、手術創により皮膚潰瘍が生じたのであれば、もはや静脈のうっ滞は解消されているわけですから、時間の経過とともに、その潰瘍も小さく、浅くなり、最後には必ず治癒します。
リントン手術は昔行われていた手術です。広範な皮膚潰瘍や皮膚硬化をともなう下肢静脈瘤に対して、確実に不全穿通枝を切断しようとするための方法です。比較的健常な下腿の皮膚の全長にわたり長い皮膚切開を加えます。そして、皮膚と皮下脂肪と筋膜ごと持ち上げ、筋膜の下を広範囲に直視下に見て、穿通枝をすべて切断しようというものです。理論的には正しい手術ですが、手術創がきわめて大きく、また筋膜ごと皮下脂肪・皮膚を持ち上げるため、患者さんの侵襲も多大です。また、皮膚の治りも悪くあまり患者さんにも医者にも評判のいい手術ではありませんでした。いまはほとんど行われていない手術です。
リントン手術に最近取って代わりつつあるものが内視鏡下不全穿通枝結紮術です。リントン手術の目的は適切に不全穿通枝を結紮または切除することです。しかしながら、皮膚潰瘍や皮膚硬化のひどい部位には切開を加えたくないため正常に比較的近い皮膚に切開を加え、筋膜ごと持ち上げて処置を施そうという考えです。最近の内視鏡手術の進歩は、おなかを大きく切らずに胆石や早期の胃癌、大腸癌などの手術を可能にしました。直径が1センチメートル弱の内視鏡と、直径が数ミリの鉗子を用いて手術を行うのです。熟練した外科医が行えば、開腹手術とほとんど同じように手術が行えます。これを不全穿通枝の処置に応用したのです。下肢静脈瘤の潰瘍や皮膚病変は下腿から末梢に生じますが、膝の周囲にまで、病変がおよぶことはまずありません。ですから、膝下の全く正常な皮膚に内視鏡用の1センチメートルの穴を開け、また、別の鉗子用の穴を一カ所あけます。そして、それらの道具を筋膜下に滑らして、筋膜下に空間をつくり、内部の様子をビデオカメラで見ながら不全穿通枝の処置を行うと言うものです。筋膜を貫いている太い不全穿通枝が簡単に確認できますので、焼き切ったり、クリップで結んだりして、不全穿通枝の逆流を遮断する方法をとります。不全穿通枝はビデオモニター上できれいに描出でき、その処置も確実に行えます。この方法では正常な皮膚に小さな切開創が二つつくのみで創の治癒にはまったく問題ありません。この方法の利点は、皮膚が硬化したり、湿疹・潰瘍などの部を避けて、遠くの正常皮膚の創だけで手術が終わることです。ですから、潰瘍を治すために、病変がおよんでいるような皮膚に切開を加え、運悪く新しい潰瘍が生じるような心配はこの方法ではありません。内視鏡下不全穿通枝結紮術は、重症な下肢静脈瘤で不全穿通枝がある患者さんにはきわめて朗報です。
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3.8 植皮術ってなーに?
答え:皮膚潰瘍に対して、健常な皮膚を他の場所から取ってきて、潰瘍部を覆う手術です。下肢静脈瘤に起因する皮膚潰瘍では植皮術は不要です。
皮膚潰瘍がある場合などは、皮膚の欠損部位に、健常な皮膚を体のどこかから移す植皮術と言うのが行われることがあります。下肢静脈瘤による皮膚潰瘍にも、植皮術を行っている施設もあるようです。しかし圧迫処置を適切に施行すれば、静脈のうっ滞による潰瘍は必ず治ります。数ヶ月以上かかる場合もありますが、今までわたしが経験した下腿潰瘍で圧迫治療で治らなかったことはありません。
良く遭遇するパターンは、下腿潰瘍の原因がはっきりしていないのに、植皮術を施行されている患者さんが結構多いのです。原因不明の下腿潰瘍との診断で、形成外科にて植皮術が施行されるケースが多いようです。しかし、原因が下肢静脈瘤によるうっ滞に起因する下腿潰瘍であれば、そして下肢静脈瘤が適切に治療されていなければ、植皮された皮膚は必ず脱落します。植皮術を何度もうけ、その度に失敗し、やっと私のところにたどり着き、圧迫治療と下肢静脈瘤の処置で、綺麗に治った患者さんがたくさんいます。
下腿潰瘍は、もちろん静脈のうっ滞で生じます。それも相当の圧が下腿の足首よりの部分に生じた場合にできます。ですから、大伏在静脈の逆流がまっすぐ足首にまでおよんだ患者さんに多いのです。つまり、下腿に静脈瘤が著明でない患者さんでも、大伏在静脈の逆流が全長にわたっていれば、下腿潰瘍はできやすいと私は思っています。一方、小伏在静脈の逆流は、一般医家には見逃されやすく、下腿潰瘍で患っている方の、何割かは小伏在静脈の逆流が足首近傍にまでおよんでいる方です。下肢静脈瘤の手術を済まされた方の下腿潰瘍は、不全穿通枝か小伏在静脈の逆流を見逃したケースがほとんどです。
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3.9 小伏在静脈の逆流による静脈瘤の手術も入院が必要ですか?
答え:重症例を除いて、外来手術で対応可能です。
小伏在静脈はふくらはぎの外側から、真後ろを走行し、膝の真裏で通常は深部静脈に合流します。ですから、小伏在静脈の逆流による静脈瘤では膝下の手術だけで終わります。中等症例でも軽い方に属する方では、小伏在静脈の合流部を縛って、切断し(小伏在静脈の高位結紮)、その後に、硬化療法にて対処可能です。しかし、大きな静脈瘤は極力手術にて摘出する方針ですので、多くの患者さんでは、もう少し創の数が必要です。手術範囲がそれほど多くありませんので、局所麻酔だけで十分な無痛が得られます。そして、拡張した小伏在静脈を摘出し、大きな静脈瘤も摘出しています。逆流を認める小伏在静脈は長くても10数センチメートルですので、大伏在静脈の摘出のようにワイヤーを用いたストリッピングは不要です。専門のものが手術を行えば、直視下に2から4つの創できれいに摘出でいます。両あしに重症な静脈瘤を認める場合は、小伏在静脈だけに由来するものでも、入院していただき腰椎麻酔で十分に無痛の範囲を得て、適切な手術を行っています。この場合の片足ずつ手術を行えば、外来で対処可能なことが多いです。
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3.10 静脈瘤の麻酔について教えて
手術を行うためには、手術中の痛みを取らなければ、患者さんには耐え難い苦痛です。麻酔の歴史は比較的あたらしく、1850年前後に全身麻酔が導入され、手術中の痛みから解放された手術が可能となりました。近代外科の始まりでもあります。下肢静脈瘤の治療で行われる麻酔は、全身麻酔、腰椎麻酔、硬膜外麻酔、局所麻酔などです。
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3.11 セカンドオピニョンってなーに?
答え:治療法に関して、他の医者の意見を聞くことです。
セカンドオピニョンとは、違う医者の意見を聞き、ご自身の治療の参考にすることです。最終的にはどちらの医者が良いかを患者さんご自身が選ぶことになります。2番目の医者の意見で、かえって混乱を生じたり、全く反対の意見を言われた場合などは、さらにもう一人の異なる医者の意見を聞くこと(サードオピニョン)も理にかなっています。本邦では、いまだに病気の診断や治療に関して、患者さんが他の医者の意見を聞くことを嫌がる医者が結構います。また、他の医者の話を聞くことは、今ご自身がかかっている医者に失礼だと思って、他の意見を聞きに行かない患者さんも多いいようです。この本でも述べるように医療は進歩しています。ですから、治療法もどんどん多様になってきています。治療されるのは患者さんご本人ですから、十分に納得して、治療を勧めてください。最初から信じている先生がいれば、その先生をずっと慕ってお任せすることも非常に良いことです。また、何人もの意見を聞き、自分が将来を任せられる医者を選ぶことも大切かもしれません。医者と患者も所詮、人と人ですから、相性もあります。いろいろな側面も考慮して医者を選べば良いのです。セカンドオピニョンを患者さんが聞きに言ったことを知って、激怒する医者が今だにいます。結構の職位もあるような医者にもそのようなものがいます。これはもってのほかで、誰に聞きに行かれても、その患者さんに対する責任を持った適切な治療理念があれば、全く激怒する必要はないのです。そのように他の医者の意見を聞いたからと激怒するような医者からは早く離れた方がいいことは間違いないでしょう。所詮、医者と患者関係も縁でつながっているわけですから。私のところに来て診察を受けても、治療を勧めても何人かの方は、その後来院されません。また、手術を予定しても、キャンセルされその後来院されない方もいます。たぶん、他の治療を選ばれたのだろうと思っています。それも、それでお互いの縁ですから、お互いに不愉快になる必要もないと考えています。
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3.12 医療はサービス業ですか?
答え:患者さんの満足も大切な結果ですから、サービス業とも考えています。
医者となってから、いままで5箇所の大きな病院に就職し、現在大学病院に勤務しています。また、手術や口演に呼ばれると、可能な限り2時間ぐらい早く訪れて、病院ウオッチングすることを趣味としています。外来の配置・明るさ・わかりやすさ、電光掲示板の有無、マイクの性能、トイレの設備、エレベーターの数と大きさ、全館禁煙か、隔離された喫煙室があるか、授乳室の有無は、レストラン・売店の設備は、電話ボックスがあるか、などなど結構楽しいものです。また、医療従事者の服装・足元を観察すると、病院により様々です。病院長から研修医までネクタイに白衣で足元は靴の病院から、指導的立場の医者のみが比較的服装・足元に気を付けている病院、また院長・副院長からしてサンダルでネクタイも着用せず多くの医者がだらしない格好をしている病院まで様々です。地域性・病院の性質などもありますから、どれも正しい可能性はありますが、その答えを出すのは医療従事者のわれわれではなく、患者さんに訪ねればよいのです。医療はサービス業としての側面を持っていることを、多くの医者は忘れています。患者さん・紹介してくれるかかりつけ医は病院を選べるのであって、不満であれば、患者さんは2度とその病院を訪れませんし、かかりつけ医は紹介を渋るようになるでしょう。特に大病院が密集している地域では、サービス精神に気を配らない病院は自然淘汰されるのです。
しかし、医療の本質は治療内容であることを紛れもない事実です。しかし、その治療内容はレストランでの食事内容を評価するようには簡単ではありません。医療は治療とサービスの両方により評価されるはずであるが、患者さんが評価できるものはむしろサービス的なものが主体です。
患者さんは医者を選べますが、医者は患者さんを選べません。診療拒否は出来ないのです。しかし、たくさんの方が診察に訪れて頂くと、その中には非常に不愉快な方もいます。その場合は、なんとなくこちらも気乗りしない状態であることは間違いないです。
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3.13 良くない病院・クリニックの見分け方を教えて?
答え:良くない病院・クリニックには2つのタイプがあります。それは、下肢静脈瘤の知識が欠乏している場合と、下肢静脈瘤の治療をお金儲けの手段として考えている場合です。
下肢静脈瘤は、硬化療法が導入されて以来、外来でも治療可能となったため、入院設備を全く持たないクリニックも下肢静脈瘤の診療に参加するようになりました。静脈瘤の認知度が上昇したことはよいことですが、いろいろな病院やクリニックが存在することも事実です。以下は良くない病院やクリニックを見極めるひとつの指標ですので参考にしてください。
(1)下肢静脈瘤の知識が欠乏している場合 下肢静脈瘤に対しての極めて基礎的な知識がある医者がいない。つまり病院・クリニック全体で下肢静脈瘤は放置してよいものとして認識されている。このような病院・クリニックに相談に行けば、以下の様な答えが返ってきます。
・下肢静脈瘤は命に別状はないから、放置しておきなさい。
・そんなものは病気のうちには入りません。
・手術はとんでもなく大変だから辞めた方がいいでしょう。
また、重症の下肢静脈瘤や下肢静脈瘤に起因する皮膚炎・下腿潰瘍などでは、厚化した皮膚の下に静脈瘤がに隠れているため、診断がつかず的はずれの治療を何年もされている患者さんがたくさんいます。そして、下腿潰瘍が悪化すれば、入院を勧め、治れば退院を繰り返している場合が多いです。
(2)下肢静脈瘤の治療をお金儲けの手段として考えている
。 このタイプの病院・クリニックは下肢静脈瘤に対して、ある程度または相当の知識を持った医者がいます。しかし、医療を極端なお金儲けの手段として利用しているため、気を付けて下さい。通常、以下のようなことを行い、患者さんのことを思わず、お金もうけ優先としています。
1. 自費診療を勧める。・・・・・
 硬化療法が保険適応となり数年が経ち、また2000年4月1日より、高位結紮術が健康保険適応となりましたので、患者さんに自己負担を勧める病院・医院はお金儲けを優先しているとしか考えられません。また、同一施設での保険診療と保険外診療(自費診療)の混合診療は特殊な例外を除き認められていません。
2. 強引に早急な手術を勧める。・・・・
 下肢静脈瘤は命に関わる病気ではありません。早く手術をした方がよい患者さんもいらっしゃいますが、多くの場合は弾性ストッキングの着用で手術時期は延ばせると思います。にもかかわらず、放置すると皮膚潰瘍になるとか、肺梗塞で命を落とすとか、やや脅迫まがいの話をして、強引に手術を勧める病院も実際に存在します。
3. 高価なストッキングだけを勧める。・・・・
 弾性ストッキングは数千円のものから2万円近くするものまでさまざまです。高いものはそれなりの長所があるかもしれませんが、選ぶのは患者さんですから安いものも含めて患者さんに選択してもらうことが最善と考えます。わたしは、一番安く履きやすいものを勧めています。最初から、高額のストッキングを勧めて、その差益を収入としている病院、クリニックは多数あります。
4. 頻回の硬化療法を強く勧める。・・・・
 硬化療法は保険適応となりました。月2回を上限として、1肢あたり1万3千円となります。したがって毎月2回のペースで、長期間にわたり数多く硬化療法を施行した方が儲かる訳です。しかし頻回の硬化療法が必要な場合もありますので十分説明を聞いて下さい。
5. 手術材料・消毒材料を別途に自費請求する。・・・・
健康保険では、手術時や創部の消毒時に使用する弾性包帯、ガーゼ、テープ、ドレープなどを別途に自費請求してはならないと規定されてます。それらは、健康保険で請求される金額に含まれているためです。しかしお金儲けを優先している施設では、いろいろ理由をつけて患者さんに自己負担させたり、あらかじめそれらを買わせて持参させるなどしているようです。
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4.1 先天性静脈瘤ってなーに?
答え:生まれつきある下肢の静脈瘤で、ピンクや茶色のあざ、患肢がやや長いなどの特徴があります。
ここまでお話しした下肢静脈瘤は子供の頃はなく、成人になってから生じるものです。若い時期に静脈瘤になる方も多いですが、通常は20歳前後です。ところが、あしの表在静脈が子供の頃から目立つ病気があります。この病気は先天性静脈瘤(別名クリッペル・トレノーネイ症候群)と呼ばれています。先天的下肢静脈瘤の他に、先天的なあざ(ピンクや茶色です)と静脈瘤のあるあしがやや長いという特徴を持っています。下肢が健側に較べて患側がやや長いことは本人を含めて家族も気づいていないことが普通です。ですから、下肢の長さに実際に差があっても、日常生活に支障をきたすことはまれです。また、まれに両下肢に先天性静脈瘤がある患者さんもいます。この場合には、足の長さの差は不明瞭となります。
この病気は先天性の静脈瘤ですが、遺伝することはないと言われています。ですから、お子さんにも先天性静脈瘤が生じる可能性は、通常の出産で先天性静脈瘤の方が生まれる頻度と同じと言うことです。この病気は血管外科医の間では有名な病気で、診断は即日つきます。しかし、適当な診断をされたり、またよくわからない治療を施されている患者さんも多いようです。わたしのところには、インターネットなどで調べて、年間10人前後の方が診察に見えます。
下肢の表在静脈が拡張・蛇行しますので下肢静脈瘤ですが、先天的な下肢静脈瘤の場合は下肢の外側を走る静脈から発生します。後天的な静脈瘤が下肢の内側を走る大伏在静脈や下腿の後面を走る小伏在静脈から生じますので、まったく別の静脈が原因ということです。この表在静脈は外側辺縁静脈と呼ばれるもので、通常は生家時以前に消失するものが、消失しないまま残ってしまった結果です。また、静脈の形成異常に含まれますので、深部静脈の形成が不全であったり、深部静脈が全く形成されていないこともあります。ですから、先天性静脈瘤に手術を施行するときには、深部静脈の状態は適切に調べる必要があります。また、希に、動脈と静脈が比較的太い枝でつながっている(動静脈瘻を形成している)場合があり、この場合は病名もクリッペル・ウエーバー症候群と呼ばれます。この病気は動静脈瘻を形成していますので、安易な気持ちで、静脈瘤の摘出術を行うと、あとで述べる動静脈瘻と同じように、出血がコントロールできなくなりひどい目にあうことがあります。
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4.2 深部静脈血栓症とは何ですか?
答え:筋肉内の静脈血が固まり、静脈が閉塞する病気です。
深部静脈血栓症とは筋肉の中を走っている深部静脈の中の血液が固まり閉塞してしまう病気をいいます。血液には血管が損傷され出血した場合には、出血を止める作用があります。それが血液が固まると言うことなのです。では、血液は血管の中では何故固まらないのでしょう。
血液が固まらない原因は、ウイルヒョーという有名なドイツの病理学者が100年も前に記しています。今でもそれは正しいとされています。(1)血液自体が固まり難くセットアップされている。(2)血液が正常な血管のなかにある。(3)血液が流れている。の三つです。
血液を固まりにくいようにセットアップされているタンパク質が先天的に合成できない異常をもった患者さんでは、血液は常に固まりやすい状態となります。このタンパク質は、プロテインーC、プロテインーS、アンチトロンビンーIIIなどが有名で、現在ではそれらの血液内での濃度が比較的簡単に測定できます。また、経口避妊薬や乳ガン治療などに用いるホルモン剤を内服している患者さんも血液は固まりやすい傾向にあります。ネフローゼ症候群という腎臓の病気も血液が固まりやすくなっています。また、血液中の赤血球の濃度が濃くなると、つまり脱水状態になると血液は固まりやすくなります。
血液が固まらないもう一つの理由は、血液が正常な血管の中にあるからです。これは言葉を換えれば、血管の壁の細胞(血管内皮)により包まれているからです。ですから、動脈硬化症などで血管の内皮がぼろぼろになると、血液は固まりやすくなります。しかし、動脈硬化症が静脈の壁にまで影響を及ぼすことはまれです。
最後に、血液が流れていることが、固まらないためには重要です。血液が滞っている状態では血液は固まるのです。夜寝ているときなどは静脈血は滞っていそうですが、われわれは適当に寝返りを打っているので、大丈夫です。しかし、強制的に寝返りが打てない状態、つまり全身麻酔などで身動きがとれないときや、ギブスが広範囲に巻かれているときなどは危険な状態といえます。
以上の要因が重なり合って、下肢の深部静脈が血液の固まりで閉塞することが、下肢深部静脈血栓症の原因です。深部静脈は静脈血を心臓に戻す高速道路です。これが遮断されれば、大渋滞が生じます。そして、くるまは側道や一般道にあふれてしまうのです。この状態が深部静脈血栓症です。つまり、下肢は突然に太くはれ、そして、深部静脈が閉塞した代わりに、表在静脈が拡張し、血液を心臓に必死に返そうとしているのです。
診断は、突然の下肢の腫脹が生じた場合は、常に下肢深部静脈血栓症を疑うことです。次に確定診断のために静脈撮影を施行することです。超音波検査でもある程度の診断は可能ですが、範囲を含めた血栓の全体像を知るには下肢静脈撮影にははるかに及びません。
治療は、急性発症の場合には、血栓が溶ける可能性が強いので、血栓溶解剤を通常1週間投与します。まれに、血栓が骨盤内の静脈にのみ限局していれば手術的に摘出し、その後血栓溶解療法を追加することも行います。再発性の血栓や、先天的に抗凝固因子が欠損している方には、ワーファリンと言う血液を固まり難くするクスリを内服して頂いています。このクスリはビタミンKの作用を阻害して働くので、ビタミンKが含まれている食品は食べてはいけません。納豆、ブロッコリーなどで、クロレラにも含まれています。このクスリは人により適正量が異なっており、コントロールが難しいクスリです。また必要量以上を内服すると、出血傾向が生じます。ですから、わたしの施設では再発性の血栓や、先天的に抗凝固因子が欠損している方に、肺梗塞を繰り返しているかたなどに、ワーファリンの必要な理由と、飲み過ぎた場合の怖さを十分に説明してから、処方しています。
急性深部静脈血栓でも、慢性の深部静脈血栓でも、下肢の圧迫治療は必要です。怠ると皮膚の表在静脈が拡張し、二次性の下肢静脈瘤となります。潰瘍なども生じます。ともかく、圧迫治療を励行してください。
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4.3 肺梗塞症とは?
答え:四肢に出来た血の固まり(血栓)が肺の動脈に詰まり、命に関わる病態を呈します。
急性期の深部静脈血栓症は手術的に摘出することも可能ですし、また血栓を溶かすくすりも有効な場合があります。つまり、血栓が静脈の壁と完全に癒着していないということです。ですから、その血栓が静脈の壁からはがれ、移動することもあるのです。また、はじめから静脈の壁とは癒着していない、ふらふらした血栓(浮遊血栓)も多々見られます。そのような場合は静脈の流れに沿って血栓が中枢に移動します。静脈の終点は心臓の中です。詳しくいうと右房です。つぎに右心室です。しかし、右心房や右心室に血栓があってもなにも症状はおきません。ところが、右心室の次は肺動脈です。この肺動脈に血栓が流れ込み肺動脈を閉塞すると、肺塞栓症という病態を生じます。肺の動脈の細いところに血栓が詰まれば、無症状か、または軽い呼吸困難や胸痛などですみますが、肺動脈の本管や左と右にわかれてすぐの肺動脈を血栓が閉塞すると、突然の呼吸停止や心停止をもたらします。本邦ではあまり馴染みのない病名ですが、欧米では年間にたくさんの方がこの病気で亡くなっています。最近日本でも肺塞栓症の概念が普及し、診断されることも多くなっています。また、次に述べるエコノミー症候群という言葉でこの病気は一般の方々に浸透しているようです
診断は、まず臨床症状で肺梗塞を疑うことが大切です。胸痛、呼吸困難、突然の意識消失などを来せば、肺梗塞も常に考えると言うことです。肺動脈撮影や、造影剤を用いたCTスキャン、またラジオアイソトープを用いた肺血流シンチグラフィーなどで確定診断がつきます。
治療は急性期の深部静脈血栓症と同様に、血栓を薬剤で溶かすか、または機械的に取り除くことです。あしの付け根の静脈から太いチューブをいれ、それを肺動脈まで持っていき、血栓を吸引したり、機械的に破壊する方法などが試みられています。
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4.4 エコノミークラス症候群とは何ですか?
答え:飛行機に搭乗中に生じた深部静脈血栓症が原因で、着陸後に肺梗塞を生じることです。
肺梗塞の名前や概念を日本中に普及させたものが、エコノミークラス症候群です。エコノミークラスの狭い座席に長時間座っている状態で急性期の深部静脈血栓ができ、それが飛行機が着陸し、座席から立ち上がったときに肺に移動して、肺梗塞を起こすことがこの症候群の由来です。特別にエコノミークラスに多い訳ではないとの報告もありますが、ともかく長時間の飛行機の搭乗後に起こるものなのです。まず、狭い座席に座りますので、あしを動かすこともなかなか出来ません。またあしは座席の下に置く以外になかなか場所がありません。その上、飛行機の中は乾燥しているために脱水状態となります。トイレは混んでいて、また機会を逃すとなかなかトイレには行きづらいものです。ですから、トイレに簡単にいけないためにあまり水分をとらない方もいます。そして、血液が濃縮して固まりやすくなり、またあしを動かすこともほとんどなく、じっとしているという状態が数時間以上続くと、下肢の静脈に血栓が生じるのです。そして着陸し席を立ち、空港ロビーまで歩くと、血栓が静脈壁から剥がれ、心臓に向かい、その後肺の動脈をふさぎ、肺梗塞を生じます。そして突然に意識を失うというのがエコノミークラス症候群です。エコノミークラス症候群を防止するためには、出来る限り飛行機内をうろうろ動き回る。またあしをマッサージする。水をたくさん飲む。などが対策です。それらが出来ない場合は頻回にあしを動かすのもいいでしょう。また、弾性ストッキングを着用して飛行機に乗ることも非常に効果があります。
しかし、水分といってもアルコールの飲み過ぎは逆効果です。アルコール類を飲むと水分補給と言う意味よりも、かえっておしっこがたくさん出ますので、脱水状態となります。二日酔いの時などにやけに喉が乾くことをご経験ではありませんか。ですから、日頃アルコールをたしなんでいる量と較べて、アルコールは控えた方がエコノミークラス症候群の原因の一つである脱水状態にはならないと思います。
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4.5 下大静脈フィルターってなーに?
答え:下肢の深部静脈血栓症から、肺梗塞になることを防止するために、お腹の太い静脈(下大静脈)に血栓を引っかけるフィルターを入れることです。
下肢の深部静脈血栓自体は命を落とす心配のない病気です。ところが、血栓が剥がれ、心臓に向かい、その後肺に入り肺動脈を閉塞すると重篤な病気である肺梗塞を引き起こします。小さな血栓が肺に詰まれば、呼吸が苦しいとか胸が痛いとか、または無症状で終わります。ところが大きな血栓が肺動脈に詰まれば、命にかかわる状態となります。そこで、命に関わるような大きな血栓を肺に行く前に捕まえようという試みが下大静脈フィルターです。このフィルターが考案される前は、再発性の肺梗塞の患者さんでは、お腹を開けて、下大静脈を縛っていました。手術後に両足がむくんだりしますが、命を失うよりは良いだろうとの仮定に基づく手術です。次に考えられたのが、下大静脈フィルターです。フィルターですから、ざるを連想してください。小さな血栓は通過しますが、大きな血栓はざるに引っかかるのです。ですから、致命的な肺梗塞は生じなくなります。引っかかった大きな血栓は、通常は体の中での血栓を溶かす力により、次第に小さくなり、その後消失します。フィルターの何割かは、挿入後血栓を次から次に引っかけて、最終的には血栓で下大静脈が閉塞してしますことがあります。これは、以前行われた下大静脈を縛る手術と同じ結果となる訳で、その後には下肢の深部静脈血栓症を原因とする肺梗塞は生じません。この下大静脈フィルターは以前は首の静脈やそけい部の静脈に大きな切開を加えて挿入していました。その上、フィルター自体が健康保険で認められていませんでした。最近は、後述する血管内治療のひとつとして、そけい部や首、腕の静脈からカテーテルを用いて挿入可能となりました。フィルターも一時的に入れて、回収するものも開発されています。本邦でも肺梗塞症の認知度が、エコノミークラス症候群のために、あきらかに上昇していますので、以前よりも肺梗塞の方の診断が的確に、早期に行われています。薬剤に抵抗性で、再発性の肺梗塞症には、下大静脈フィルターを症入することが適切と考えます。
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4.6 深部静脈弁不全とは何ですか?
答え:下肢の深部静脈の弁が機能せず、静脈のうっ滞が生じている病気です。
下肢静脈瘤は表在静脈の弁不全ですが、深部静脈にも弁不全は生じます。その原因は、まず先天的に深部静脈に弁がない方がいます。つぎに、重症の下肢静脈瘤では、表在静脈の弁不全に加え深部静脈にも弁不全が進行します。三つ目は、深部静脈血栓症で。血液が固まりその結果弁が壊れてしまうのです。その後、血栓が溶けると弁の傷害だけが残ります。以上のような原因で、深部静脈に弁不全があると、下腿に著明な色素沈着や潰瘍を生じます。治療は静脈瘤と同じように、臥床していることです。それもナンセンスですから、弾性包帯や弾性ストッキングの着用を励行していただきます。下肢静脈瘤のストッキングよりは、強い圧力のものが必要で、弾性包帯もしっかり下腿をホールドできるものが優れています。外来では、アメリカ製のコープラスという粘着包帯を使用しています。手術的に弁を正常部から移植する方法も行われています。また、アメリカでは、カテーテル内に挿入でき、小さな創から血管内治療の方法で留置できる弁の開発も進んでいます。しかし、現時点の本邦では、圧迫療法を根気よくすることが最善の治療です。
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4.7 リンパ浮腫ってなーに?
答え:リンパ液が下肢に溜まって、あしが太くなった病態です。
リンパ浮腫は正確に言うと、動脈の病気でも、静脈の病気でもありません。リンパ管の病気なのです。この病気はなかなか真剣に見てくれる医者がいないために、血管外科で治療を行うことが多い疾患です。みなさんが蚊に刺されると、痒い盛り上がった皮膚になりますね。かゆみのためにこれを掻きむしると、透明な液が出てきた経験をお持ちと思います。この液がリンパ液です。リンパ液もリンパ管から血管に流れ込みます。両下肢と左上肢のリンパ管は合流し、左の鎖骨窩静脈に流入します。右の上肢のリンパ管は右の鎖骨窩静脈に流れ込みます。このリンパ管が障害されて、リンパの流れのうっ滞がおこり、下肢や上肢がむくんだ病気をリンパ浮腫といいます。上肢では乳癌の手術によりリンパ節が摘出され、その結果リンパ管の障害を呈してリンパ浮腫を招くことが多いです。同じように婦人科の腫瘍の手術で、リンパ管の摘出を行うと下肢のリンパ浮腫が生じます。フィラリアという寄生虫がリンパ管内に詰まりリンパ浮腫を生じますが、先進国ではまれな病気です。この病気では、特に下肢に生じた場合、深部静脈血栓症が鑑別診断になります。静脈撮影をして深部静脈が閉塞していれば、深部静脈血栓症、閉塞していなければリンパ浮腫と診断される訳です。リンパ浮腫の治療は圧迫治療です。リンパ液の溜まりを出来る限り減らしたいのです。そうしないとどんどん下肢は太くなっていきます。皮膚は硬くなり、ばい菌の侵入に弱くなります。一度ばい菌が侵入すると、あっという間に、下肢全体が赤くなり、高熱を発します。早く抗生物質で対処すれば事なきを得ますが、遅れると命に関わる状態も生じます。ですから、リンパ浮腫の治療は、いちにも、ににも、さんにも、ともかく圧迫です。そして、傷や水虫を避けてばい菌が入らないようにします。そして、万が一ばい菌が入ったと思われるときは抗生物質を一刻も早く服用することです。残念ながら、弾性ストッキングの圧迫は一生必要な方がほとんどです。しかし、しっかり対処すれば、日常生活を送るために不自由なことは少なくなるはずです。ともかく、圧迫をしてください。まれに、重症なリンパ浮腫の方に、リンパ管と静脈を吻合する手術が報告されていますが、長期の成績は不明です。
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5 おわりに

2002年ゴールデンウイークです。なんとか原稿を書き上げました。4月20日よりアメリカ免疫学会とアメリカ移植学会にて発表のため2週間渡米しました。そのときに最終的に書き上げたものです。満足感で一杯です。どなたにもわかるように、血管疾患のほとんどすべてを質問・解答形式でわかりやすい文章で書き上げたつもりです。
外科医は、他の科に較べると、肉体的にも精神的にもきつく、最近は若い医師の中で外科医を希望する人の数が減少しています。わたしは、特別な思いで外科を選んだ訳ではありません。実習を除いて特定な授業以外は出席点呼もなく、卒業試験もない慶應義塾大学医学部で6年間を過ごしました。最初はマージャン相手や、遊び友達を捜しに授業に出ていたような生活でした。合気道の本部道場に毎朝稽古に通っていました。慶應義塾大学医学部の法医学教室は東京の西半分の法医解剖を行っており、頻回に法医解剖に立ち会い、将来は監察医もいいなと思った時期もありました。また、大学3年生からは、授業に出る代わりに、基礎医学のひとつである医化学教室(当時石村撰教授)で毎日実験をしていました。ですから、基礎医学者への道も将来の進路として考えていました。
大学6年生の夏と冬に、北海道に行きたい一心で、北海道の阿寒町立病院に臨床研修と称して、医者のふりをしながら、遊びに行きました。この病院は今は故人となられた6年先輩の大上正裕先生が見つけてこられた病院でした。この病院での地域医療の経験が、わたしに何でもできる臨床医になりたいとの気持ちを湧かせました。
そして、慶應義塾大学6年生の冬、外科の入局説明会で、当時の研修医担当でいらした今村洋二先生(現関西医科大学教授)に、”外科は辛いが、やり甲斐がある。やる気があるものだけが入局すればいい”と言われ、その男粋に感動し、素直にその言葉を信じ、慶應義塾大学外科学教室に入局を決めました。国家試験の勉強は年明けになって本格的に始め、全員で合格し、いつの間にか外科医になりました。一年目の研修医時代はほとんど無給に近い状態です。患者さんからのお礼をグループ単位でプールし”病棟費”と称し、朝・昼・晩の食事代にしていました。また”病棟費”がないときには先輩のおごりで3食を済ませていました。所詮、技術を学ぶ、いや盗む範囲の多い領域ですので、若いなりに必死でした。
入局2,3年目は関連病院への出張です。同学年の公平を期すために、くじ引きの順番で出張病院を選べるシステムでした。1年単位の出張です。くじの順番は2年目出張病院と3年目出張病院で、逆さまとなる決まりでした。私は2番くじを引きましたが、同僚が諸般の事情でどうしても、2番くじを譲ってほしいというので、特別な思いもなく、交換でビリから2番くじになりました。
ですから、入局2年目は、ビリから2番くじで、東京の永寿総合病院に出張しました。突然、多くの患者さんを責任ある立場で任され、苦労しましたが、勉強になりました。今は昔にくらべ、大きく新しく立派になった永寿病院ですが、16年前は、2年目の私が、脳外科、泌尿器科、皮膚科、放射線科も兼任していました。もちろん週に何回かは大学から各科の優秀な先生が来られ、その指導で診療行為を行いました。他領域の勉強がたくさんできました。
入局3年目は、2番目に病院を選ぶことができ、栃木県の大田原赤十字病院を選びました。ゴルフ場の真ん中にあるような病院で、たくさんの手術とゴルフをやりました。脳外科と整形外科の同僚といつも楽しく緊急手術をしていました。
入局4年目は慶応義塾病院に外科のレジデントとして帰局する年です。自分の専門領域を決めなければなりません。なんでもできる外科医にあこがれていましたので、胸もお腹も手術ができると考え食道外科を志しました。ときどき大田原赤十字病院に食道癌の手術の手伝いに来られていた慶應義塾大学の安藤暢敏先生(現東京歯科大学外科教授)の強い勧めもありました。ところが、慶應義塾大学一般・消化器外科では、各グループに定員があり、希望者が定員以上の場合は抽選でグループが決まる伝統がありました。その年、食道班の定員は3人で、わたしの学年は4人が希望し、みごと私がはずれくじをひきました。そして、第二希望の血管外科に配属となりました。
なにごとにもくよくよしない性格なのですが、多くの先輩・同僚がそのときは慰めてくれました。当時の血管外科のボスは折井正博先生で手術の上手な先生でした。その頃の血管班はこじんまりしており、いつも折井先生と一緒で、出張手術にも同行しました。緊急手術でも他病院からよく呼ばれました。現在のわたしの手術は折井流を自分なりに発展させたものです。
なんでもできる外科医を目指し、そのとき専修医担当であった小平進先生(現帝京大学教授)に無理矢理お願いし、血管班は通常ローテーションしない慶應義塾大学中央検査室病理診断部で外科病理学を勉強しました。次に、慶應義塾大学心臓血管外科の川田志明教授(現名誉教授)にお願いし、心臓血管外科のレジデントをやらせていただきました。毎晩、病院のベットで過ごし、心臓外科の手術や重症患者さんの管理、人工心肺の担当などをしました。
入局6年目の最後の仕事は、一般・消化器外科でのチーフレジデントです。鬼チーフと言われ、日曜・祝日もなく朝早くから夜遅くまで病棟に居て、患者さんの診療にあたっていました。自分に厳しく、また他人に厳しいチーフレジデントでした。いまも、その姿勢は守り通しています。その年の12月に眼科の先生が短期間入院され、お志を頂きました。わがグループの”病棟費”が底をついていましたので、お志のすべてを有馬記念の連勝複式(オグリキャップ&メジロライアン)に賭け、みごとにあたり、看護婦さんを含め年末の大宴会をしました。良い思い出です。最初で最後の競馬の大勝負でした。
入局7年目は関連病院への出張です。血管外科を開設するため、水戸赤十字病院に赴任しました。一緒に主張する若い先生に、頭を坊主にしてこいと命令したようです。彼は本当に5分刈りにしてきました。このときばかりは少し反省しました。そして、たくさんの手術を彼に教えました。この時期は佐久間正祥先生(現副院長)の指導で肝臓外科の手術もたくさんやらせて頂きました。
入局9年目に、多くの候補生の中から帝京大学の冲永留学生として選ばれ、英国オックスフォード大学外科学教室に医学博士を取るために派遣されることとなりました。なんだか留学してみたい一心で、簡単な気持ちで返事をしましたが、現地に到着するなり、いかにオックスフォードの博士課程が大変で、半数のものしか博士課程を修了できないことがわかりました。移植免疫学を初歩から英語で学ぶ苦労は大変なものでした。寝言も英語がでる始末で、十分に休めない日々が続きました。幸い、オックスフォード大学外科学主任教授 Sir Peter J Morris 先生と Kathryn J Wood 教授に励まされ、何とか辛い中にも、楽しく実りある留学となりました。結局オックスフォードには5年間滞在しました。
1998年に帰国し、帝京大学第一外科に戻りました。何の縁か、帝京大学第1外科の主任教授は、慶應義塾大学在籍当時に大変お世話になった小平進先生でした。小平先生の御厚意で第1外科の研究費を使い研究室を立ち上げることができました。1年後からは自分の研究費が取れるようになり、自分の研究室を”どらえもんラボ”と称し、勝手にそこの班長を名乗りました。慶応義塾大学の同僚・後輩や日本大学の大学院生達がわたしのもとに集まってくれ、実り多い研究が現在も進んでいます。現在は母校の慶応義塾大学との共同研究も進行中です。
また、臨床面では、この本でご紹介したような疾患を日夜扱っています。大動脈瘤の破裂などは、一刻の猶予も許されないためにいつも緊張した日々を送っています。動脈疾患や下肢静脈瘤の予定手術も多数行っています。多くの患者さんを適切に治療するには、私ひとりの努力では成り立ちません。現在は、優秀な後輩をひとりでも多く育てるべく臨床に励んでいます。
簡単にご紹介したように、結局、自分の医者としての人生は、今のところ運と人との巡り会いで進んでいます。良き先輩・同僚・後輩に恵まれています。大きな流れに逆らわず、いやなことにもくよくよせず、その場で全力を尽くし進んできた結果です。今後も、人との巡り会いと御縁を大切に、そして患者さんの立場に立った医療を行っていきたいと考えています。今後も、自分にまず厳しく、そして同僚に厳しく。
最近は、“医療はサービス業”、“病院は企業”と考えるようになりました。患者さんが満足しなければ、どんな治療を行っても達成感がありません。また、病院が赤字では、よりよい医療を患者さんに提供することができません。自分の職位が上がるにつれて、責任の重さを感じています。視野を広げ、人脈を増やし、よりよきリーダーとなるために母校のビジネススクールに週末は通おうかと考えています。
わたしには心の師匠がいます。もう他界されて20年近くなりますが、国武自然先生という宗派に属さない坊主で、坂本繁二郎画伯の弟子でした。生前の国武自然先生がわたしに絵と言葉を贈ってくれました。絵は、何事にも動じないかの如く、悠然とたゆまなく流れている筑後川です。また贈っていただいた言葉は、”古きものが良きにあらず、新しきものが良きにあらず、良きものが良きなり”です。この言葉を座右の銘とし、自分自身を研鑽し、よりよいリーダーとなるべく精進しております。
最後に、いつも忙しくわがままな亭主に不平も言わず、陰ながら支えてくれる愛妻の友江に感謝します。
2002年5月吉日
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